2010年7月 1日 (木)

旅の終わり(最終回)

6月18日

6時起床。朝ご飯を食べてから、蚊帳やカーテン、電球を外し、本格的に荷物を片づける。全部家にあるものを出すのは、思っていたより大変で、汗だくになる。朝から異常事態の我が家には、子供達が大勢集まって来る。基本的に物をあげないようにしていたが、最後まで使う必要のあったものだけ隣の家や刑務所に物をあげると、なぜか呼んでもいない近所のニャボがすかさずおねだりにやって来る。P6183732 荷物をドアの外に運ぼうとふらふら運んP6183735でいる私を見かねて、ジョゼフがガスボンベやコンロを運ぶのを手伝ってくれる。お陰で、何とか荷物を運び出すことができたので、子供達と一緒に写真を撮って、迎えの車が来るのを待つ。予定通り11時に車がやって来て、ドライバーと一緒に荷物を積み込む。自転車は入らず、やむを得ず、車のバック外側に紐で縛りつけて行くというマタツ方式で運ぶことになったが、肝心の紐がない。Matiyamaのタウンで買えるので、ジョゼフにお願いして、自転車に乗って行ってもらい、その後を車で追っていくことになった。家の鍵をChairmanに返すため、オフィスへ行くと、いつも異常 な位陽気な彼が、珍しく悲しそうな顔をしていた。子供達の見送りを受けてから、タウンで紐を買い、村人達の協力もあり、無事車に縛りつけることに成功。マットレスも縛っていなかったので、それP6183745 も紐で村人がコンパクトにまとめてくれる。ジョゼフにバイバイと何度も手を振って言っても、いつもは応えるのに今日は最後までむすっとして下を向いていた。ナムトゥンバのタウンに寄り、仕立て屋のニャボのところへ寄ると、ワンピースを仕立ててくれ、プレゼントされる。とっても嬉しい。最後に写真を撮って、従業員みんなで見送ってくれる。とうとう任地を離れる。2年間見慣れた風景が後ろに遠ざかっていき、いろいろな思い出が脳裏をよぎる。最初赴任した時、あまりの衝撃で体調を崩したことから始まり、今日まで村人やオフィサー達と一緒に活動して助けたり助けられたりしたこと、腹立ったこと、楽しかったこと・・・。マビラ森林保護区で最後のゴンジャ(焼きバナナ)とムチョモ(串焼き肉)を買う。荷物積み込みで頑張ってくれたドライバーの分も奢り、2人でローカルフードのお昼ご飯を満喫しながら、カンパラへ向かう。車内では予想通りドライバーとウガンダ人と日本人の恋愛観の話。ドミトリーに到着し、アスカリ(警備員)やお掃除ニャボ達に手伝ってもらいながら、荷物を下ろし、部屋へ移動させる。もうへとへとだ。しかし、頑張って事務所へ向かい、最終報告書など提出。作ってもらった服のサイズ調整をしに、1000 Cupsへ。お茶をしてから、北畠専門家のお宅へ向かう。同期のきりのっくす、ジュニア専門家のまきさんと一緒にMamba Pointで夜ご飯。生ハムとメロンという高級料理はウガンダで初めであり最後でもある。

6月19日

8時起床。北畠専門家と一緒にJavasで朝ご飯。その後、オアシスのUltra Salonでマニキュアとペディキュアをしてもらう。すっきりしてから、ドミトリーへ戻り、支度をしてから、マタツに乗ってオールドタクシーパークへ行ってから、Lake Victoria Serena Hotelへ。典型的なウガンダの村を通り抜けると、突如として現れる宮殿のような建物。全室レイクビューで、リゾート的雰囲気が漂っている。まだ拡張工事中で、マリーナとゴルフコースを建設中。サウナに入ってから、2階のテラスで夜ご飯。

6月20日

8時起床。2階のテラスで朝ご飯を食べてから、ホテルを出て、1000 Cupsで洋服を受け取ってから、マタツでドミトリーへ向かう。洗濯や荷物の整理をしてから、キセメンテのラフォPhotoンティーヌで、今週来た同郷短期隊員のさつきさんとお昼ご飯。ウガンダや前任国であるマラウイの話などをする。ドミトリーへ戻り、私の荷物の引き取りをして別れる。その後、マタツに乗ってEmin Pashaへ。 同期のきりのっくすと北畠専門家と一緒にティータイム。その後、統括調整員のお宅へ向かうが、ガーデンシティの前でつまずき、指を怪我する。お邪魔するやいなや、手当をし、一緒に夜ご飯。

6月21日

7時起床。1000 Cupsでコーヒーを買ってから、マタツでドミトリーへ戻り、荷物を箱詰めして、スーツに着替えてから、同期のきりのっくすと一緒にスぺタクで郵便局へ。EMSで荷物を送ってから、てつもと食堂へ。同期のたろうも揃い、久し振りに日本の手料理を満喫。そのまま事務所へ向かい、車で大使館へ。今日は帰国表敬訪問。大使はなぜか私の任地に興味を持ってくれるが、とにかく何もないため、特徴を伝えられず。任地で未成年と言わP6213763れることを話すが、全く同意してはくれなかった。その後、事務所へ戻ると、ネリカ王子こと村落開発普及員のいとう君が来ていて、な ぜか肩から血を流している。長距離バスで上京して来た際、ハンプスでバスが跳ねて、腕を腕置きに打ってしまったらしい。気の毒だが、ウガンダらしい。いとう君ときりのっくすと一緒にシェラトンホテルでティータイム。3度目の正直でようやく最後にアフタヌーンティーがオーダーでき、満足。その勢いでピアノ弾きのセボにチップを渡してから、きりのっくすと一緒にスペタクに乗ってKabalagalaへ。Ivanと待ち合わせをして、Cassia Lodgeへ。カンパラの夜景が一望できる丘の上に建っている。景色を眺めながら、テラスで夜ご飯。Quality Hillまで送ってもらい、スペタクでドミトリーへ帰る。

6月22日

7時起床。バンカフェで朝ご飯を食べてから事務所へ行き、10時から所長面談。報告書には書けなかったことをいろいろ話し、時間オーバー。パスポートと旅券を受け取ってから郵便局へ行き、馴染みの切手売りのニャボ達とP6223764 記念撮影をしてから、ガーデンシティとナクマットで買い物。Cafe Papでコーヒーを買い、馴染みのセボの写真を撮ってから、最後のてつもと食堂へ。同期のたろうも来ていて、一緒に最後にてつもとさんに外まで見送られてお別れ。ドミトリーへ戻り、後輩隊員に譲る物を整理したり、荷物をパッキングしてから、スペタクでMunyonyo Resortへ。ビクトリア湖に面した、国際会議などで使用される美しいホテル。その美しいレストランでウガンダ最後の晩餐。

6月23日

8時起床。朝ご飯を食べてから、ビクトリア湖畔を散歩。本当に美しい。2時に車で空港へ向かう。ウガンダに到着して初めてビクトリア湖を目にして、何て美しい国だろうと思ってから2年が過ぎ、そのビクトリア湖が見えると、空港はすぐだ。悲しさに浸っている間もなく、警官が違反をしたからとソーダ代だと言って賄賂を要求される。やはりいつものウガンダだ。同期と合流し、チェックインをすると荷物の重量オーバーで追加料金を請求されるが、ここでもソーダ代ということで賄賂を渡すことになるとあっさりスルー。ばたばたしながら、ぎりぎりで飛行機に乗り込む。飛行機が離陸し、窓からどんどんウガンダが遠ざかっていくと、涙が止まらなくなった。

2年間このブログを読み、応援していただきありがとうございました。大きな事故や病気にもならず、任期を終えられたことに感謝しています。報告会や健康診断を終え、来週から職場に復帰します。これでこのブログは終わりますが、当たり前ですがウガンダの人々の生活はまだまだ続いています。これをきっかけにこれからもアフリカ大陸に関心を持っていただけると幸いです。ありがとうございました。

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2010年6月18日 (金)

本当に最後です

6月14日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。しかし、途中から停電。村落開発普及員のこうだい君が、テーブルを取りにバイクでやって来る。ナムトゥンバ隊員のマラリア感染ゼロ記録を死守しますとこうだい君は宣言。お別れの挨拶をして、お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は刑務所で識字教室。P6143582 エンボリをおすそ分けされ、またさつまいもと連呼される。教室が終わって、最後なのでみんなで記念撮影をする。囚人達のテンションは上がりまくる。囚人達に英語の雑誌を寄贈する。Head CommanderVincentとおしゃべりし、今週収穫したお米を食べようということになった。家に帰り、明日家具を出すため、荷物を大急ぎで片づける。家から全部荷物を出すというのは、量がそれ程なくても、いざとなると結構大変なものだ。

6月15日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。今日は訓練所のオープニングセレモニー開催日。Evelynから連絡があり、まず様子を見に来いと言われ、Chairmanに最終報告書のコメントをもらいに行きがてら、Districtの車使わせてもらうようにお願いする。先日の表敬訪問をすっぽかしたことを一応責めてみたが、特に意に介している様子はない。 ドライバーに手伝ってもらい、家具を家から出し、荷台に乗せる。お礼にバケツなどをドライバーにあげることにして、一緒に積んでいく。P6153598 既にかなりの疲労。訓練所に着くと、テント張りなどが始まっていた。Evelynは一張羅のゴメスを着込んでいる。とりあえず家具を引き渡し、再びDistrictに戻る。家に帰ってお昼ご飯を食べ、一緒に行くというChairmanがいつまで経っても現れないため、先 に行くことにする。同期のきりのっくすや村落開発普及員のこうだい君、カリロから村落開発普及員のあつさんと新隊の子も来ていて、一緒に写真撮影。中央では手作り木琴演奏とダンスが始まる。しかし、当分セレモニー開始まで時間がかかりそうだったので、帰宅するきりのっくすとこうだい君P6153603P6153616と一緒 にタウンへ行き、ナムトゥンバ総メンバーでソーダとムチョモ(串焼き肉)で、最後のお別れ。そのまま、識字教室へ行き、 お別れの挨拶。最後のみんなで記念撮影。パパイヤを持って行けというので、それは持って帰れないのでお断りすると、今P6153587度は卵をもらう。再び訓練所に戻るP6153620と、ようやくセレモニーが始まり、いつもの長いスピーチ。私もスピーチに呼ばれ、簡単に話す。その後、ゲストによるテープカットと看板立てのセレモニー。あとは、音楽とダンスで盛り上がる。食事提供の時間になり、大勢のニャボ達がサーブする準備をしているが、disorganizeだとEvelynが不機嫌に。P6153624 愚痴を聞いたところによると、Chairmanが金銭援助を約束したのに実行してくれなかったことも不機嫌の一因のようだ。暗くなり、ばたばたしつつも、無事終了。帰ろうとしたら、Chairmanが車で一緒に帰ろうというので、待っていると、ご飯を食べ始めている。今食べないで帰るって言ったのにと文句を言うと、一緒にどう?と言うので、つられてエンボリ(さつまいも)だけ食べる。今晩は最後にあつさんがうちに泊まる。家具はなく、荷物が乱雑に置かれ、快適さからは程遠い部屋になっているが、全く気にしない様子で寝袋で寝ていた。家具がなくなり、全ての物が床に置かれている状態を見て、どこかで見たことがある光景だと思ったら、2年前赴任した当初の我が家だった。気分は全く違うが、昔に戻ったような、寂しいような、不思議な感覚。

6月16日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後はようやくオフィスやって来たPlannerに最終報告書のコメントをもらう。P6163654 オフィサー達と写真を撮ったことがないことに気がつき、みんなと写真を撮る。身なりを気にする国民性のウガンダ人は、スーツを着ていなかったりすると、写真撮影を断り、明日にしてほしいと言う。私としてはどうでもいいのだが。夕方洗濯をしていると、看守のJoyが来て、いつ帰るのかと聞かれ、いつものごとくWhat do you leave me?と言うので、同じように返したら、息子のジョゼフをあげると言う。お金をもらっても要らん。洗濯をして水がなくなったので、夜ジョゼフが気を利かせて井戸に水汲みに行ってくれる。母親にそんなこと言われているとも知らずに。

6月17日

P61736647時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。Planning Unitの職員で写真を撮ろうと昨日Plannerに言っておいたので、今日Plannerはネクタイを締めて出勤。11時頃Planning Unitに職員が揃ったので、写真撮影。2年間、初めで最後の唯一約束事が守られた出来事だ。お昼ご飯を食べに家に帰るが、お米や麺など炭水化物がなくなってしまったので、お皿を持って、青空食堂へチャパティを買いに行く。家で食べてから、食器類を全部洗う。洗濯物を取り込んでから、自転車に乗って識字教室へ。ニャボP6173686達が、いつもできなかった割り算ができるようになっていた。終わった後、ニャボ達は一張羅のゴメスに着替えて、みんなで写真撮影。 自転車でタウンまで行き、仕立て屋のニャボに会いに行くが、不在だったので、待っている間タウンの撮影。赴任した時、フェンスなどを作ってもらったカーペンターのセボ、 ムチョモ売りの少年達、マンダジ売りのニャボ達、ケロシンを買っていたガソリンスタンドのセボなど、みんなの写真を撮りまくる。ローカルレストランでソーダを飲んで休んでから、仕立て屋に戻ると、ニャボが戻って来た。ここでも写真撮P6173720P6173727影。帰ろうと思った時、Evelynから連絡があり、今Districtに会いに来ているというので急いで帰る。お別れの挨拶に来たらしい。明日 から退屈な日々をどうすればいいのかとブルーになっている。ママにもよろしく伝えてねと伝言され、別れる。その後、青空食堂の家族と写真撮影。 家にP6173730帰って荷物を片づけてから、ジョゼフが最後の水汲みにやって来たので、今日は明日の朝分の1缶だけお願いして、今まで物をあげたことはなかったが、ボールペンをあげる。通常と違う事態を悟ったようだが、どこまで分かっているのかは不明。引き上げ用に事務所がハイヤーしてくれている会社から確認の連絡が入る。明日いろいろな思い出が詰まった我が家と任地を離れる。任地で過ごす最後の夜は、いつも通り電気がない本当の暗闇と虫と風の音が聞こえるだけの静けさの中に、いろいろな思いが駆け巡る。

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2010年6月14日 (月)

お米は増えて家財は減っていきます

6月7日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は刑務所で識字教室。看守達は帰国する時、何を置いていってくれるんだとうるさい。看守達は常にねだってくるので、本当にうんざり。囚人達のための教室なのに、なぜか看守も質問してくる。でもみんなで一緒に勉強するのはいいことだ。ベイジング用のお湯を沸かすため、パラフィンストーブを使用していると、相変わらずのすごい煤。数週間の使用で、炭鉱勤めのような真っ黒な手が数週間続いている。あと少しの辛抱と思い、耐え忍ぶ。

6月8日

6時半起床。朝ご飯を食べてから、囚人達とネリカ米の収穫に。道具は使わずに手で刈り取っていく。看守もいいお米ができていると喜んでいる。途中通りかかった牛に畑が荒らされそうになり、みんなで囲い込んで牛退治。P6083527 P6083534 ここでも暇つぶしに来ていた女性からお金をねだられたり、チャイナと呼ばれ、早朝からかなり不愉快になる。その後、オフィスへ行き、資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は自転車に乗って識字教室へ。子ヤギが生まれていた。とてもかわいい。あまり物をあげるのは気がすすまないが、引き取り先がないござやチョークをインストラクターにあげると大喜び。ニャボ達はようやく引き算ができるようになったので、今日は掛け算もやってみる。Evelynから連絡があり、今日看板を注文したいからおP6083550 金を持ってきてくれと言われ、教室が終わってから、一旦家にお金を取りに帰ってから、また自転車で向かう。もうばてばて。お金がかかるからメタルは止めて木製にしたと言う。先週近所でメタル看板盗まれたばかりだからそれも逆にいいかも。Evelynの娘がカンパラから来ていたが、カンパラで切り裂き強盗に遭い、訓練所支援用のお金が全額盗られてしまったらしい。最近はドミトリー周辺でも多くのボランティアが似たような被害に遭っていて、夜間徒歩での移動が禁止になっている。Evelynにどうするの?と聞くと、God always makes us betterと言う。さすがウガンダ、神頼みなのかーと思い、大丈夫なの?と聞いても大丈夫と言う。大金を盗られたのに、その後はウガンダギャグを飛ばし、大笑い。何て幸せな国民性。それとも単に個人的なものか。日が落ちてきたので、急いで家に帰る。今日の自転車走行距離15キロ。人力範疇外。朝は農作業とデスクワーク、昼間は自転車遠征、疲れて夜空を見上げると、珍しく小さい星まで見える満天の星空。雨季が終わって来て雨が降らなくなり、乾季に入ってきたようだ。空から落ちてきそうだ。そこに流れ星。バックグランドミュージックは蛙達の大合唱と牛の寝言。

6月9日

7時起床。今日は英雄的行為の日Heroes’ Dayで国民の休日。朝ご飯を食べてから、荷物整理。来週家具を引き渡すので、スーツケースに入れ始めてみる。それほど荷物は多くないのに疲れる。その後、掃除を始めたりしているうちにお昼になり、慌ててタウンへ。休日のため、タウンまでの足がなかなか見つからず。知り合いのオフィサーが通りかかったので拾ってもらう。12時にMbaleに在住の安藤専門家と隣町の村落開発普及員のこうだい君と一緒にタウンでお昼ご飯。安藤専門家が最後のお別れにということで休日を利用してわざわざナムトゥンバまでやって来てくれた。最後の晩餐も、ナムトゥンバタウンではお米と肉スープか魚スープのみ。こうだい君の豚は最近鶏をいじめているらしく、家畜専門の安藤専門家に相談会。どうやら去勢していないことが原因らしい、すでに愛情が湧いてしまっているらしく、帰国時食する時が思いやられる。帰り際、仕立て屋のニャボのところに顔を出すと、帰るまでに洋服を作ってくれるというので、民族衣装のゴメスより普通のドレスがいいと言うと、来週取りに来いと言われる。家に帰ってから、チテンジでカード作りをするが、接着剤を長時間使っていたので、途中で気持ちが悪くなってダウン。気を取り直してベイジングしてから洗濯をしていると、子供達が寄って来た。Winがマンゴーを持って来てくれたが、先週私が燃やしたごみの中から物を持ち出した子供がいたことが分かり、また帰国のことになると、何をくれるんだと言う発言と相まって、かなり不愉快になる。最近帰国のことをみんなに言われ、その会話での第一声はほぼ100%、What do you leave us?と毎回言われ、不愉快な気分が続いている。今でも自転車で走っていると英語や現地語でお金をくれと頻繁に言われ、慣れつつあると思っていたが、最後までこれかと思い、ここ数週間非常に不愉快。そんな中でもお金がないけど、開口一番寂しいと言ってくれる識字教室のメンバー達や仕立て屋のニャボなどが唯一の救いだ。帰国前になると、家で窃盗被害に遭う隊員が多い。しかも残念ながら知り合いが犯人だったりする場合が多い。今まで以上に戸締りに気を付けることにする。最終報告書作成に追われて夜は更ける。

6月10日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。途中で同期のきりのっくすが来るが、我が家で待っていてもらう。一段落したところで家に帰り、おしゃべりしながら調整員が来るのを待つ。きりのっくすも昨日家の家具を既に譲渡したらしく、着々と帰国準備進行中。今日は配属先への帰国表敬訪問。11時頃調整員が来たので、Chairmanに連絡するが、今オフィスに向かっていると言う。しかし、来る気配が全くない。電話にも出なくなり、0610 来ないつもりだなと直感した。いつもの約束を破る時のパターンだ。数週間前から約束し、かつ公式的な約束さえ破ることに心底人間としての常識を疑った。調整員も今後のスケジュールが立て込んでいたため、運良く行政トップのCAOはオフィスにいたので、CAOに表敬訪問。2人それぞれお礼の挨拶。CAOは次年度(ウガンダは7月始まり)から西部のBushenyiに異動になるらしい。いつもは抱きついてきたりしてセクハラ状態だが、今日はさすがに真面目な顔をして話している。でもとりあえずいてくれたお陰で無事表敬訪問が終了。きりのっくすとお昼ご飯をDistrict内の青空食堂に食べに行く。赴任の表敬訪問した時もここで食べた、ある意味思い出の食堂。その時は、そこの雰囲気に引き、出されたものにも引き、ここで2年暮らせるかしらと思ったよねーと、しみじみ。今や裏メニューまで注文する始末。電気は当然ないので、ソーダはもちろん冷えてはいない。土壁の三角ハットの中で食べ、最後の記念撮影。家に戻り、電気がないきりのっくすは我が家でネットと携帯充電に励む。その後、Evelynに約束をすっぽかされたきりのっくすは家へ、私は自転車に乗って識字教室へ。ここでもござと文房具をやる気のあるリーダー格のNaigagaにあげる。割り算がようやく1問正解し、嬉しい限り。宿題も出し、最終回で完璧にする予定。家に帰るとまた子供達がやって来て、かなり精神的限界に近い状況に。更に電気会社のUmemeがまたやって来て、うちをチェックしている。もう電気切られてもいいやと開き直ったが、電気接続部に蜂の巣ができていたため、逃げるようにして帰り、今日のところは何もなし。自然の力は偉大なり。今夜も最終報告書作成。書きながら、稚拙な我が英文に自分でも呆れる限り。

6月11日

7時起床。朝ご飯を食べて、ごみを焼却してから、知り合いのセボに拾ってもらい、タウンへ行き、マタツに乗ってカンパラへ。自力でマタツに乗ってカンパラに上がるのも今日が最後と思うと、頻繁に客を拾うため停車することも苦にならず。カンパラに着き、待ち合わせP6113557P6113554場所のCentenary Parkへ。送別会と称し、家政隊員のまゆさんと村落開発普及員のばばちゃんと一緒に、噂だけで未だに行ったことがない京都レストランに行く。なぜかイタリアンもあるが、コースになっていて、必勝と書かれたハチマキをしめたセボに目の前の鉄板でサーブ され、サラダ、お寿司、お好み焼き、メインのお肉や魚、焼きうどん、焼き飯、味噌汁、フルーツ、コーヒーが出てくる。日本食と思わなければ、それなりに美味しかった。 まゆさんが仕立ててくれた洋服が完成し、送別としてプレゼントされる。おしゃべりして、食べまくる。その後、マタツに乗ろうとしたら未P6113559だかつてないほどの大量の鶏がバイクに縛られて運ばれるところに遭遇。まゆさんが帰 国前のシャッターチャンスと言うので、激写する。事務所へ行き、雑用を済ませ、銀行口座閉鎖用レターを受け取り、Stanbic Bankのガーデンシティブランチへ。今日はワールドカップ初日。銀行のホールのテレビにみんな釘付け。周りのバーも既にワールドカップ一色。レターを提出し、窓口でお金を受け取れというので、散々並んで待ったら、用紙に記入してないから書いてもう一度並べと言われたので、そんなこと言われなかったし、散々並んだんだと抗議したら、そのままやってくれることに。テレビを見ながらお金を数えているので、ちょっと数え間違えないでよーと監視。無事お金を受け取り、口座閉鎖完了。アフリカンミュP6123560 ージックのCDを買い、バナナボートでクラフトを買ってから、ナクマットでも買い物。今月末に帰国する短期村落開発普及員のあつさんとEmin Pashaで夜ご飯。長期ボランティアの時と、今回の短期ボランティアで2年以上隣のDistrictで活動していたので、いろいろな思い出があるが、今回で最後の晩餐に。最後なので豪華にEmin Pashaにしようとなり、フライデーナイトなので生バンド演奏付き。久し振りにこういう雰囲気ってやっぱりいいよねーと田舎者2人は舞い上がる。ワインとチーズというウガンダの村生活とは別世界を満喫する。門限ぎりぎりに慌ててドミトリーへ帰る。環境教育隊員のとっきーに任地で制作中のクラフトを送別にもらう。みんなにお別れをされるが、未だに実感わかず。久し振りに同期のきりのっくすと同じ部屋。3時までおしゃべりして夜ふかし。

6月12日

7時起床。支度をしてからマタツに乗って、ルゴゴショッピングモールへ。African Coffeeで朝ご飯。来週引き上げてからばたばたしたくなかったので、今日は買い物を集中的に行う。ショップライトを覗いてから、バナナボートでクラフト購入。お隣ゲームでも買い物。荷物をドミトリーへ置きに、マタツに乗るが、袋の取っ手が早々に壊れてピンチに。ドミトリー近くのキセメンテのバナナボートでもクラフトを買ったので、そこで馴染みの店員のニャボが詰め直してくれる。何で日本に帰るんだ、弟をあげるからウガンダにいろと言うので丁重にお断り。ドミトリーで荷物を整理してから、再度マタツで出発。昨晩遅すぎてEmin Pashaのギフトショップが見られなかったので、今日再び行って覗き、そのままお昼ご飯。再度マタツに乗って、オールドパークへ。マーケットをぶらぶらしてから、ミドルパークにあるお店で洋服を買う。現地語で話すと、そこにたむろっていたニャボ達が大喜びで、みんなに試着の世話を焼かれ、ついでに男性の世話も焼かれる。ニャボ達にもまれ、疲労の中、再びマタツに乗って、Kabalagalaへ。オーガニック商品を扱うNogamuへ行き、ドライフルーツやお茶を買う。友人のCharityも仕事をしていたので、おしゃべりする。ナムトゥンバ出身で、Evelynとも友人なので、来週の訓練所オープニングセレモニーにはカンパラから駆けつけるという。Charityと別れ、小さなお店で洋服を買う。サイズが合わないと言うと、Few minutesで直すからとその建物の2階でテーラーをしているニャボに何と1階のお店から放り投げ、2階のベランダでニャボがキャッチ。サイズ測ったりしないの?と言うと、もう見たから大丈夫と言う。目測のみ?Few minutesって実際何分かかるわけ?という疑問がありつつも、その辺にある椅子に座って、店員のニャボと待つ。数分後、2階から呼ぶ声が聞こえ、1階でニャボが放り投げられた洋服をキャッチ。再度試着するが、まだ大きい。だから目測じゃダメなんだよーと思ったが、彼らは問題なく、再び2階へ放り投げ、数分後、また放り投げられた洋服を1階でキャッチ。今度はぴったり。ウガンダ人お得意のYou are so smartのお世辞を言われ、購入終了。歩いてQuality Hillへ行き、カフェで一休み。マタツに乗って中心部まで戻り、北畠専門家のお宅へお邪魔する。Haandiでインド料理の夜ご飯。

6月13日

8時起床。支度をしてから、北畠専門家がまゆさんに洋服をオーダーするため、一緒に車でドミトリーへ向かう。北畠専門家にもらった品々の片づけをしてから、ドミトリーを車で出P6133568て、Javasで朝ご飯。おしゃべりしていたら、お昼過ぎてしまったため、急いでナクマットで来週分の野菜を買ってから、マタツでバスパークへ向かい、エルゴンフライヤーに乗る。今日でバスに乗って任地へ帰るのも最後だと思い、馴染みのスタッフを激写。バスに乗り込むと、同期の薬剤師のゆきちゃんと一緒になる。家の荷物の整理や帰国してからのことなど話し て帰る。そうは言っても、何だか日本に帰るって気がなかなかしないよねーと2人同じ意見。食べ物調達スポットに着くと、お腹があまり空いていないにも関わらず今日で最後だからと、ゆきちゃんはムチョモ、私はゴンジャと砂肝串焼きを買って食べる。ゆきちゃんは最後に売り子達をバスの中からP6133569激写。今では見慣れ過ぎて、ウガンダらしい光景も、写真を撮るということがなくなってしまっていたが、初心に返ったように写真を撮る。バスのスタッフ達に日本で元気でねーと見送られ、 バスを降りる。タウンで野菜や卵を買う。いつも卵を買っているお店のニャボやキャンティーンのニャボと最後の記念撮影。ケロシンを買ってから家に帰ると、ジョゼフがやって来て、ふざけ始め、近くにいたゴキブリを家に入れたので、怒りが頂点に。こんなこともあと少しの辛抱だと自分に言い聞かせ、辛うじて気分を落ち着かせる。

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2010年6月 7日 (月)

みんな最後の追い込みです

5月31日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。村落開発普及員のこうだい君がネリカ米のモニタリングと不用品を引き取りにバイクでやって来る。バイクに家具を積んでいると、私が引越しをするのかと思って、隣のセボ達がどこへ行くんだとうるさく言ってくる。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後もオフィスで引き続き資料作り。しかし、途中で停電。職員がいないため、オフィスは3時に閉庁。

6月1日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。Population Officerは新聞を読み、Secretaryは寝ている。お昼ご飯を食べに家に帰り、午後は自転車に乗って識字教室へ。炎天下、坂道をがしがしとこいでいると、こげずに自転車を押しながら歩いているセボにYou are so powerfulと呆れられる。体力勝負のセボにそんなことを言われるなんて、自分って逞し過ぎる。インストラクターの家では、鶏より高額売買できる七面鳥が増殖中。気持ち悪い。ニャボの1人は何度やっても引き算ができない。しかもすぐに諦める。それも仕方ない。帰りがけにタウンでケロシンを買う。ペットボトルに注いでもらって持って帰る。

6月2日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。途中で停電。いつも以上にみんなでぶらぶらする。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、Chairmanからオフィスに来るように言われたので、行ってみると、ただ会いたかっただけらしい。10月の選挙終わったら、また日本に行くよとまるで隣町に行くかの如く言う。そのまま自転車に乗って、Evelynのところへ。訓練所建設は追い込み中。ただ、sanitationをしっP6023500かりするようDistrictのオフィサーからチェックが入っており、ウガンダのトイレはかなり深く掘るため、時間もお金もかかる。セボは足がすくむような穴の中に壊れたジェリ缶を椅子のようにして、するする降りて行く。Evelynが金策に回り、ようやく訓練所建設不足分とトイレ建設分がどうにかなり、急ピッチで進めている。床にもセメントが入り、入口も車がターンできるように整備している。建設スケジュールの関係で、来週の予定だったオープニングセレモニーは再来週に延期に。帰国しないといけないんだから、それ以上延期しないでよと念押ししておく。お金がないけど、食事を用意しないといけないと言うので、食事なんていらないじゃんというと、そんなことはできないというので、ウガンダの習慣に任せることにした。この前作った休憩スペースでEvelynのお昼ご飯をおすそ分けしてもらい、食べながらおしゃべりする。全てオーガニックだという豆とマトケのカトゴ(煮込み)を食べる。イコール自分の家で育てたもので、コストはゼロ。しかも生徒に作らせていた。ウガンダで数少ない好きな食べ物はカトゴだ。 おしゃべりしていると、Evelynが結婚はミステイクしたわとブルーモードに。今は生徒達が来ていて、人目があるから暴力はないけど、仕事しないでぶらぶらしているとため息。そこで急にEvelynJICAカーだ!と目ざとく見つけ、東部灌漑プロジェクトのパイロットサイトがあるMawungueへ向かう安藤専門家と遭遇。せっかく立てた看板がもう盗まれたとのことで、確認に向かうところらしい。残念なお知らせだ。Evelynも訓練所の看板を2つ立てたいけど、お金がないというので、いくらと聞くと1つ6万シル(3600円位)というので、1つ分だけ援助することにした。盗まれないようにしないと。自転車で帰り、刑務所でおしゃべり。Head CommanderVincentが、ネリカ米収穫を来週やるというので、一緒に参加することにした。夕方ごしごし洗濯をしていると、先日指の火傷したところが破ける。夜は満天の星空。マラリアに気をつけながら、ぼーっと空を見上げて考えごと。

6月3日

7時起床。今日は殉教者の日Martyrs Dayで国民の休日。事務所から、カンパラ近くにある、その聖地Namugongoには大勢の人がやって来て、大混雑するらしいので、近づかないようにと連絡がある。休日でも囚人達は今日もトラックの荷台に乗って、どこかへ労働作業に出発。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、帰国に向け部屋の整理。意外に時間がかかり、気がついたらお昼過ぎに。ごみを燃やしたかったが、隣人が在宅中で、今燃やすと間違いなく何を燃やすか見に来たり、欲しいと言ってきたりするので燃やせず。お昼ご飯を食べて、洗濯物をとりこんでから、自転車に乗って識字教室へ。家の扉のペンキ塗りをしていたセボも参加。ニャボ達はやっぱり3桁の割り算ができない。でも、途中までは合っていたので、もう一息だ。ニャボ達も日本に一緒に行きたいというが、それは無理。そろそろ雨季も終わってきたかと思いきや、夜は大雨。

6月4日

7時起床。朝ご飯を食べてから、隣近所が畑仕事に行っている隙をみて、昨日の休日で片づけたごみを燃やそうと、いつもの焼却場にごみを運ぶ。ほとんどが紙ですごい量になった。マッチで着火するが、なかなか火が回らず苦闘する。上部が焼けても、下から次々と燃えていない紙が出てくる。汗と煤まみれになってくる。しかも格闘しているうちに、また火傷。半分位燃えた時、隣のセボが帰って来て、すごい量の紙だ、帰国するから燃やしているのかと寄って来て、2人大量のごみの前でしゃがんでひたすら燃やす。セボが熱がもったいないと家からやかんを慌てて持ってきて、直接ごみの上で熱し始める。熱も無駄にはしない。火をおこすことは手間もお金もかかることなので、思いっきり利用。セボがやかんの番をしているので、後はよろしくねーと出足が遅れたので、急いで支度をし、タウンからマタツに乗って、カンパラへ。長城飯店でお昼ご飯を食べてから、歩いて1000 Cupsへ行き、お茶で一休み。そのまま事務所へ行き、各種申請や雑用を済ませる。郵便局に行ってから、歩いてナクマットまで行く。修理に出したパソコンを受け取りに行くが、すでに営業時間が終了。がっかりし、Cafe Javasで夜ご飯。その後マタツに乗って、ドミトリーへ。ザンビアで買った布で小物や洋服の仕立てをお願いしていた家政隊員のまゆさんが、仮縫い状態で持ってきてくれ、サイズ調整をしてもらう。この細やかさや技術は本当に日本人ならではだなーと感心。

6月5日

7時起床。家政隊員のまゆさんと一緒に8時にドミトリーを出発。今日は一緒に帰国前の住血吸虫検査を受けに行く。バンカフェで朝ご飯を食べてから、医療検査機関のLMKへ行く。その機関だけは日本のように立派な医療機器があり、インテリらしきウガンダ人達が働いている。検査はあっという間に終了。別世界から外に出ると急にいつものウガンダだねーとまゆさんも全く同じ意見。まゆさんはチテンジ屋さんに布の仕入れに、私は歩いてナクマットに向かう。途中両替所に寄ると、テレビで中東の衛生放送番組アルジャジーラが流れていて、総理大臣のことで日本が珍しくニュースになっていたので、列に並びながら見る。その後、国会議事堂脇にあるParliament Souvenir Shopでウガンダ国旗入りタンブラーを買う。National Theatreのクラフトビレッジを覗いてから、ナクマットに到着。修理に出していたパP6053520ソコンがP6053503_2無事に直り、受け取ってから隣のSalonでネイルをしてもらう。週末なので結婚式を挙げる花嫁がウェディングドレスを着たままヘアスタイルをアレンジしてもらっている。都会の  お金持ちニャボは違う。ガーデンシティへ移動し、バナナボートでクラフトを見たり、本屋さんのAristocで本をみつくろってから、まゆさんと村落開発普及員のやっこちゃんと合流し、P6053512フードコートでお昼ご飯。その後、ウガンダ人アーティスト達とドイツ大使館共催のStreet Art Festivalが行われているため、会場場所まで歩いて向かう。人出もあり、路上パフォ  ーマンスもあり、アート、買い物好きの私達のテンションは上がる。満喫し、歩いてドミトリーへ。洗濯をP6053519してかP6053524ら、Bukotoにマッサージを受けに行く。初めてのお店だったけど、ニャボ達も感じがいいし、マッサージも丁寧。ここでもお金持ちニャボ達がヘアアレンジをしてもらっている。ドミトリーに帰って、洗濯物を取り込んでから、マタツでBugolobiへ行き、夜ご飯。

6月6日

7時起床。片づけをしてから、マタツに乗ってバスパークへ。9時のエルゴンフライヤーに乗る。食べ物調達ポイントでゴンジャ(焼きバナナ)を買うが、いつもの砂肝串焼きはタイミングを逃し、買い損ねる。今日は最短2時間半で任地に到着。タウンで油がしたたり落ちそうなマンダジ(揚げパン)を買う。日本の甘いスイートコーンよりウガンダの素朴なドゥーマ(白トウモロコシ)の方がくせになるとみんなで話していたのが頭によぎり、勢いで焼きドゥーマも買う。来週分の野菜を買ってから家に帰る。

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2010年5月31日 (月)

計算ができなくても

5月24日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。休み明けのせいか、雨が降ったせいか、はたまた単にいつも通りか、休日かと疑うほど職員はおらず、Planning Unitには誰も来ていない。誰か来たと思いきや、牛が通りかかっただけだった。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後もオフィスで引き続き資料作り。しかし、途中で停電。人はおらず、停電にもなり、オフィスは3時に閉庁。家に帰ると、また子供達に取り囲まれて、疲労は倍増。先週もらったパパイヤを隣のセボにおすそ分けして食べる。夜は台風のような強風と大雨。

5月25日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。事務所から、大雨の影響で、東部地区の一部道路が通行不可能になっているので、移動の際気を付けるように、またMukonoで選挙があるため、現在暴動が起こっているので近づかないようにと連絡がある。日曜日カンパラから帰る時、Mukonoで大渋滞だったので時間がかかったが、あれも選挙の影響だったようだ。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は自転車に乗って、識字教室へ。行く途中のタウンで、毎週火曜日のマーケットデーでいつもチャイナと言ってくるセボに文句を言う。面倒くさがり、ニーハオと返事を返して流す人もいるが、ここは訂正しないといかん。インストラクターのStevenと一緒にニャボ達が集まるのを待っていると、村人達が噂し合って表に何かを見に来ている。Stevenに聞くと、精神障がいを持つ女性がこちらに向かって来ているらしい。そんなことで村人達は噂を聞きつけて見に出てくるのかと、驚く。誰が面倒みているのと聞くと、両親は病気で、彼女の方が元気だと言う。食べ物とかどうしているのと聞くと、その辺にあるから大丈夫ということで終了。さすがウガンダ、行政の責務も問わず、全て自己責任。ニャボ達は英語で同じ例文を何度やっても覚えず、算数は簡単な引き算が全くできない。でも生活上全く困っていないため、特に問題はない。終わって帰ろうとすると、もっとおしゃべりしていけと言うので、そのまま居座る。タウンで卵を買ってから、家に戻る。ジョゼフに水汲みを頼むが、途中からちびの子供に運ばせているのを目撃したので、お金はその子と半分ねと半分ずつ渡したところ、お金の取り合いで大喧嘩に。もう放っておくことにする。今夜も大雨。

5月26日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。来客があり、チャイナがいるぞと明らかに馬鹿にして言ってきたので、朝から不愉快極まりない。その上、鞄には何が入っているんだと余計なお世話を言ってくる。おねだり態勢万全のよく言われる質問だ。SecretaryAishaPopulation Officerはメイズ(白とうもろこし)を齧っておしゃべり。しかも途中から停電。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は刑務所で識字教室。今日の夜ご飯はエンボリらしく、既に準備中。囚人達は私を見つけると、さつまいもと連呼。食べていけと言うので、ふかし芋をご馳走になる。今日はcafeって何ですかという質問。行ったことなければ、それは分からないはずだ。

5月27日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。職員はほとんどおらず、Planning UnitではSecretaryAishaが1人ぼーっとしているのみ。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は自転車に乗って、識字教室へ。ニャボは今日も割り算ができなかった。帰国までにできるように尽力する。終わってから、そのままEvelynのところへ。カンパラへ出かけていたらしく、同時刻に家に到着。訓練所は少しずつ良くなっていて、来月行われる予定の開講式に向けて張り切っている。完成まであともう一息。自転車で家に帰ってから、井戸に水汲み。ベイジング用にパラフィンストーブでお湯を沸かしていて火傷する。今夜も大雨。

5月28日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。金曜日で休み前のため、いつも以上に職員はいない。午前中は資料作り。お昼にButalejaから村落開発普及員のばばちゃん、理数科隊員のゆりこちゃんがやって来て、近所の(といっても10キロ先)村落開発普及員のこうだい君もたらいを持ってバイクでやって来る。そのたらいは?と聞くと、最近豚を飼って、その餌を買いに行くためらしい。家の草取りのために飼い、帰国時には食べると言っているが、既に名前などつけてペット化の様子。本当に食べることができるのか。帰国前最後に我が家でお昼ご飯を食べる。その後服や日用品をみんなにあげる。みんなから部屋に飾ってあるバオバブの絵を絶賛されていい気になるが、これはあげられない。みんなで一緒に家を出て、ゆりこちゃんは豚を見にこうだい君の家へ、マタツでばばちゃんはMbaleへ、私はカンパラへ。こんな田舎に日本人4人の集合は目立ちまくり。6時にカンパラへ到着。そのまま北畠専門家のお宅へ。Haandiでインド料理の夜ご飯。

5月29日

7時起床。マタツに乗ってドミトリーへ。同期のきりのっくすと家政隊員のまゆさんに注文していた日本へのお土産用の品々を受け取って支払い。ついでに、まゆさんが洋服や小物を作ってくれるというので、ザンビアで買ったチテンジで作ってもらうことに。完全なるカスタマイズ。技術を持っているって素晴らしい。採寸をしてもらっていると、お腹ひっこめても意味ないよときりのっくすから厳しいコメント。荷物の到着を確認してから帰国したかったため、今日日本へ発送する。1箱に収まるかと思いきや、全く入りきらない。急遽箱を探し、きりのっくすに手伝ってもらって2箱梱包。すでに汗だく。スペタクを呼び、郵便局へ。EMSのオフィス前に停めてもらい、よろよろ運ぶ。大目に両替していたつもりが、予定外の2箱になったため、ぎりぎりの78万シル(5万円弱位)。こんなに大金を払ったことがなかったため、ちょっと動揺。でも送ってほっとし、そのままスペタクでガーデンシティへ。スーパーで買い物をしてから、Cafe Papでようやく朝ご飯。携帯用のパソコンが壊れ、その保険申請のため、電気屋さんに見積をお願いしに行くが、エンジニアが午後にならないと来ないと言うので、隣のオアシスショッピングモールへ移動。電気屋さんを探し、インド人店員さんにパソコンを預けてお願いする。マタツに乗って、オールドカンパラへ行き、ぶらぶらしてから両替所へ行き、家へ戻る。ジュニア専門家のまきさんも来て、3人でMukonoのマビラフォレストにあるThe rainforest lodgeへお昼ご飯を食べに行く。何度も通い慣れた道のりも、ドライバー付きプライベートカーに乗ると、景色まで違って見えてくるから不思議だ。マタツでない車ってこんなに快適な乗りものだったんだと思い起こす。幹線道路に出ているサイP5293492ンポストが目印。その周りにはお馴染み鶏串焼きやゴンジャ売り子が今日も元気に走って売っている。そこから少し入っていくと、 森の中にロッジの入り口が。数分前に売り子達がいたことが嘘だったように閑静な雰囲気。2階のテラスで飲み物を飲みながら食事の用意ができるのを待ち、前の森で蝶や鳥が舞う中、レストランでコースランチ。食後に部屋も見せてもらおうと、セボに案内してもらい見学。再び車でカンパラへ戻る。お手頃なカンパラからの週末リフレッシュ小旅行。

5月30日

8時起床。車で1000 Cupsへ行き、朝ご飯。持ち帰り用にチョコレートブラウニーとパンプキンケーキを買う。田舎の任地で少しずつ楽しみながら食べるつもり。途中でトイレットペーパーやマッチを路上売りのニャボから買い、歩いてバスパークまで行く。私が来たのを見つけると、いつものエルゴンフライヤーのスタッフ達は大喜び。前回の最悪6時間とは打って変わって、今日は快適順調な旅路。タウンで野菜や卵を買ってから、家へ帰る。夕方、大雨に。早めに帰宅してよかった。

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2010年5月24日 (月)

テストもウガンダタイム

5月17日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後もオフィスで引き続き資料作り。夕方から大雨になり、3時にオフィスはクローズ。またも子供達に家を取り囲まれ、うるさい上にいたずらもしたため、我慢していた怒りが爆発。怒って疲れた上、この時期にきて電気ポットがまたも故障。パラフィンストーブでお湯を沸かすも、時間もかかり、量も足りず。冷たいベイジングとなる。夜も大雨は続く。

5月18日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は自転車に乗って識字教室へ。学校で子供1人年間12万シル(7200円位)かかるので、お金がかかるとのインストラクターのStevenの愚痴を聞く。ドライキャッサバは今売っても1キロ300シル(18円位)が相場らしい。じゃあお金0518かかるのになんで9人も子供持ったの?と聞くと、もうこれでフルストップだと回答にならないことを言う。それはそうだろう。英語をやっている途中で雨が降ってきてしまい、干していたキャッサバをニャボ達と一緒に片づけ、算数は家の中で行う。割り算は全くできないことが判明。でも何だか真剣に考えている。雨が止んできたので、 Stevenが木からパパイヤを取って来てくれ、それをお土産にもらって帰る。しかし、また途中で雨になり、Police Officeでみんなと雨宿り。マーケットの品々は出しっぱなしなのはいいのか。ちょっと買いたくないなーと思いつつ、ボーっと見ている。再び雨が止んできたので、牛追いの集団に紛れて帰る。帰ると、ジョゼフがスワンプで採れた魚を買えと言うので、まあいいかと思い、1匹100シル(6円)で3匹買ってみる。既に内臓などが処理されている。パラフィンストーブで塩焼きにしてみた。結構美味しい。パパイヤはあと数日待てと言われているので、洗って熟するのを待つ。辺りを見回すと食料が手に入ることは、良くもあり、人々のやる気を消失させる悪いところでもある。

5月19日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。オフィスで帰国用の段ボール箱をもらって家に帰ると、隣の警官のセボが自分に箱をくれと言ってくる。オフィサーに頼めばと英語で言うが、英語が分からないで多分分かってない。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は刑務所で識字教室。囚人達がお昼ご飯を食べている間、看守達とおしゃべり。今日も飽きずにおねだり攻撃をしてくる。家に帰ると、またしつこく隣のセボが箱をくれと言ってくる。セクハラかおねだりしかしない。完全無視。コーディ、コーディ(すいません)と呼ぶ声がするので、誰と思って出て行くと、Evelynが来ていた。訓練所のオープニングデーに向けて大忙しらしい。あと1か月で帰国してしまうなんて、その後どうすればいいんだなどと言ってくる。特に問題ないと思うが。うちで水を一気飲みしてから帰る。夕方から大雨に。子供達がいない隙を狙ってベイジングを済ませる。洗濯をし終わると、停電のため早々に就寝。

5月20日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。オフィスのパソコンはいろいろな人が使いに来るので、気に留めていなかったが、数日同じ人が使っていて、前のSecretaryAliceが数か月来ていないので、もしかして新しい職員かと思い、聞くと、やっぱり新しいSecretaryAishaだった。この2年でSecretaryは3人目。ろくろく働かなくても固定収入があるDistrictでの仕事は、この辺の一般的なファーマーより相当いいと感じるが、SecretaryTypistレベルでは入れ替わりが激しい。今のところ彼女は一番にオフィスに来るし、真面目な感じ。それがいつまで続くか。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は自転車に乗って識字教室へ。今は学校がターム休みのため、学生もやって来る。しかし、日本の中学生に当たる年齢なのに、英語はできるが、2桁の掛け算ができない。それで日頃大丈夫なのか。でも教員養成学校で教えている隊員達も、教員になる学生達が簡単な計算すらできないと言っていたので、ある意味大丈夫か。帰りにタウンへ行って、靴修理のセボに外れかかっているところを縫ってもらう。おしゃべりしながら待つこと10分、これまた適当に出来上がり。キャンティーンでソーダを飲んで休んでから、自転車修理屋さんでタイヤに空気を入れてもらって家に帰る。雨季で道が悪くなり、道幅が極端に狭くなっているため、途中で牛とヤギを轢きそうになるが、何とか回避。家に帰ると、今度は近所のセボに自転車をくれと言われる。不愉快になりつつも洗濯物を取り込み、ベイジング用のお湯をパラフィンストーブで沸かそうとしたら火傷する。冷やそうとするも水がない。そして毎日パラフィンの煤もすごい。段々とあちこちが煤だらけになってきているのを感じる今日この頃。

5月21日

7時起床。朝ご飯を食べて、タウンからマタツに乗って、カンパラへ。客を拾うためにやたら止まり、その上乗り換えをさせられ、何とか到着。ガーデンシティへ行き、Cafe Papでお昼ご飯を食べてから、日本へのお土産を購入。商品を全部買い占めてしまったが、それP5213486でも足りず、親切な店員さんが隣接するスーパーのナクマットに買いに行ってくれる。段ボール箱も用意をしてくれ、本当に助かった。安いスペタクがつかまるところまで、よろよろ歩いて行き、ドミトリーへ。荷物を整理してから、歩いてナショナルパークを管轄しているUWA(Uganda Wildlife Authority)のオフィスへ行き、動物グッズを探しに行ってから、先週新しい P5223487展覧会が始まったと連絡があったので、 マケレレ大学のアートギャラリーへ行き、絵画鑑賞。その後、ナカセロマーケットへ行ってお米を購入し、両替所へ行くと、今週から出回るようになった新紙幣が。郵便局へ寄った後、事務所へ行き、雑用を済ませる。その後、統括調整員のお宅へお邪魔する。散歩しがてら、セレナホテルへ行き、ギフトショップやペーストリーショップで買い物してから、優雅にお茶。

5月22日

6時起床。休日なのに早朝から朝ご飯を作ってもらい、お昼ご飯用のパンまで用意してもらい、スペタクを呼んでもらって出発。今日は初めて受験するTOEFLの試験日。会場になっているマケレレ大学近くのMultitech Accountancy Programmeへ。事前に場所の下見をしていたため、迷うことなくスペタクをナビして到着。既に玄関口に何人か待っていた人達と一緒に教室へ。座って待つこと、1時間半。しかし、誰も何も言わず、係員も特に焦っている様子もなく、のんびりパソコンの準備をしている。ウガンダ人7人、イタリア人2人、私の10人での受験。試験料160ドル(日本だと200ドル)を出せるウガンダ人がこんなにいるとは驚きだ。TOEFLは主に海外留学のための試験なので、留学できるような家庭ということか。P5223488 結局9時開始予定だったが、始まったのは10時。筆記ではなく、全てパソコンのインターネットベースで解答していく。係員が難しくないから緊張しないようにと余計なことを言う。十分難しいのに。ReadingListeningで2時間、10分休憩後、SpeakingWritingで2時間の計4時間。内容も慣れていないせいもあり、難しくListening あたりで既に疲れてきて、集中力はなくなっていくばかり。やはり住んでいるだけでは語学力は上がらず。へとへとになり、2時に終了。歩いてワンデゲアまで行き、マタツでドミトリーへ。疲れたので、マッサージに行こうとブコトまで歩いて行くが、珍しくフル稼働で1時間待ちと言われたので、諦めてトリートメント付きマニキュアとペディキュアをやってもらう。マッサージもしてくれて良かったが、角質を削る時に、ウガンダ人向けなのか、思いっ切り擦られ、数か所出血。フットバスに足を入れると、しみて全くリラックスどころではない。綺麗にはなったが、歩くとサンダルに傷口が当たり、完全に怪我人の歩き方。そのまま、キセメンテへ行き、短期村落開発普及員のあつさんと待ち合わせして、久し振りにお茶をする。それから、マタツに乗り、オールドパークで乗り換え、エンテベへ行って夜ご飯。宿泊施設も付いた、広大なテーマパークのような感じ。ビクトリア湖の湖畔で、風と湖の岸に寄せる水音が気持ちいい。ビクトリア湖らしく、テラピアを食べる。

5月23日

9時起床。歩いてバンカフェへ行き、ブランチ。マタツに乗って、ドミトリーへ行き、荷物整理。今週末は隊員活動報告会があったので、大勢の隊員がカンパラへ上がって来たせいもあり、部屋が汚すぎる。もうここでの生活も限界だなーと実感。キセメンテに来週分の野菜を買いに行き、再度マタツに乗って、バスパークへ。エルゴンフライヤーがちょうど出発するところに、無理やり乗せてもらう。ついていると思いきや、隣は巨大ニャボと子供。最悪の組み合わせ。一般的に子供は料金を払わないため、親の膝の上か座席の間に立つことになるが、完全に私の陣地に入り込んでいる。足が痺れてくる上、今日は大渋滞。カンパラから、任地までの中継地点ジンジャまでで、4時間かかる。寝て起きても景色が全く変わっていない。とりあえず食べ物調達ポイントに来たので、ゴンジャ(焼きバナナ)を買って齧る。ジンジャからさらに2時間かかり、計6時間かかって任地にようやく到着。既に真っ暗になっていたが、タウンで買い物をしてから家に帰る。

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2010年5月17日 (月)

最後の旅

5月10日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。職員はほとんどおらず、Planning Unitには誰も来ていない。午前中は資料作り。村落開発普及員のこうだい君がバイクでやって来て、ネリカ米のモニタリング。順調に育っているので、帰国前に収穫できると思いますよと言われる。できれば鳥追いの人を少し増やした方がいいと言うので、刑務所のオフィサーに伝えに行く。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後もオフィスで引き続き資料作り。しかし、大雨で大変なことに。職員がいないこともあり、3時にオフィスはクローズ。夜も大雨は続く。

5月11日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。今日も職員はほとんどおらず、Planning Unitにも誰も来ていなかったが、10時頃Population Officerがやって来るが、オフィスのたこ足コードが行方不明になり、ずっと文句を言いっぱなし。午前中は資料作り。お昼に同期のきりのっくすがやって来て、家で一緒にお昼ご飯。ご飯を食べながら、家財の処分をどうするかということを相談し合う。今日はきりのっくすの家の電気が電力会社のUmemeに撤去されたため、DistrictChairmanに直訴にやって来た。うちで携帯充電やパソコンを使ってから、Chairmanのオフィスへ一緒に行き、電気のことや、帰国表敬訪問の話をする。その後、自転車に乗って、識字教室へ。なぜかその時の流れで、日本語教室に早変わり。帰りがけに、仕立て屋さんに寄り、久々にニャボとおしゃべり。夜から大雨と大嵐。

5月12日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。今日も10時頃ようやくPopulation Officerだけやって来るが、昨日と同様電気が思うように使えず、文句を言って騒いでいる。お昼にようやくPlannerが到着。そのままおしゃべりしに出かける。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は刑務所で識字教室。看守のニャボJoyは今日もI am hungry give me 1,000と言ってくるので無視。新しい女性の囚人が来たが、大多数が男性の囚人のため、入口にある小さい部屋に女性囚人2人が暮らしているが、今日は子供を桶に入れてベイジングをさせている。この子供は?と聞くと、その新しい囚人の子供だと言う。刑務所で同居?と聞くと、問題ないと言う。何だかみんな囚人達楽しそうだし、家族みたいだし、確かに問題ないかも。家に帰ると、子供達のたまり場に。最悪の事態。トイレにもベイジングにも行けず、怒ると余計面白がるため、ただ時が過ぎるのを待つ。7時近くなり、暗くなり始めた頃ようやく帰っていたので、急いでベイジングをし、洗濯をするが、暗くてよく見えない。本当に2年間よく飽きないものだ。

5月13日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。事務所から、最近ボランティアの家での強盗が増えているため、貴重品を隠し戸締りを怠らないように連絡がある。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後はチャリボダで識字教室へ。ニャボ達が民族大移動の如く、ぞろぞろと一定方向へ向かって歩いている。識字教室のニャボ達にも会うと、今日もお葬式という。仕方なく今日の教室は中止。そのままタウンにP5143454向かい、キャンティーンでソーダを飲んで一休みしてから、マタツをつかまえてカンパラへ。珍しく乗り換えがなく、直行。6時半に 到着し、Cafe Papでお茶をしてから、National Theatreへ向かい、主にイギリス人が中心に行っているアマチュア劇団によるSound of Musicを鑑賞。素人ながら生オーケストラピットもあり、生演奏付き。ウガンダでは数少ない芸術鑑賞をそれなりに楽しむ。終了後、マタツに乗ってドミトリーに向かう。

5月14日

6時半起床。洗濯をして、朝ご飯を食べてから、8時にスペタクドライバーのRichardが迎えに来て出発。今日から2泊でLake Albertに、家政隊員のまゆさんと村落開発普及員のばばちゃんと行く。Hoima経由で保護区に入る。サファリですっかり見慣れたイボイノシシやウガンダコープスなどを見ることができる。道に迷ってしまい、魚の匂いのするFishers Villageで道を聞き、ようやく到着。P5143456 ロッジからLake Albertが臨め、その向こうに見えるのはお隣の国コンゴ。 コンゴのブルーマウンテンに雲がかかり、美しい。ウェルカムドリンクを飲んで、お昼ご飯を食べてから、プールサイドで読書。6時になり、ロッジをサファリカーで出発。今日の夜ご飯はブッシュディナー。保護区の中の草原で夜ご飯を楽しむもの。しかし、雨季による悪路のため、車がスタックしてしまい、動けなくなったので、動物来ないよねP5153474ーと心配しながら草原を歩いて向かう。既にニャボ達がセッティングしてくれており、すぐにディナー。広い空の下で、大草原の中さわさわと草が揺れる音だけが聞こえる。食後にようやく難を脱したサファリカーが迎えにやって来る。スペタクドライバーのRichardも心配して迎えに来るが、逆に悪路にはまり、スタック。みんなで何とかロッジに帰り着く。ロッジでデザートとお茶をしてから就寝。

5月15日

P51434687時起床。 朝ご飯を食べてから、庭でLake Albertを見ながらティータイム。おしゃべりに疲れた頃、ちょうどお昼ご飯。午後はそれぞれ読書タイム。ほとんど動いていないため、全くお腹が空かないが、夜ご飯になり、結局デザートまで完食。

5月16日

7時起床。朝ご飯を食べてから、チェックアウトし、9時に出発。カンパラに2時に到着。シティスクエアで降ろしてもらい、バンカフェでお茶をして休んでから、ナカセロマーケットで来週分の野菜を買い、バスパークに向かう。車内は暑く、客待ち時間が辛い。3時半に出発するも、途中渋滞でカンパラを抜けるだけで1時間かかる。7時に任地に到着。タウンで野菜や卵を買ってから、家に帰り、暗闇の中急いで井戸に水汲み。夜刑務所からは楽しげな合唱が聞こえる。

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2010年5月10日 (月)

アフリカ大陸万歳!

4月20日

7時起床。朝ご飯を食べて、タウンからマタツに乗って、カンパラへ。お昼に小学校教諭隊員のつるさんと待ち合わせし、長城飯店でお昼ご飯。ケニアからの振替で、来月に帰国予定だったつるさんは、諸事情で今週帰国することになったため、今日でお別れ。隊員2回目で、頼りがいのあるお姉さん的存在。お別れを済ませてから、スーパーで買い物をし、エアポートバスに乗り、エンテベへ行き、Gately in Entebbeでお茶をする。お馴染みのスタッフ達に絡まれる。その後、マタツに乗ってKitoroへ。明日から最後の任国外旅行で、マラウイ&ザンビアへ。早朝出発のため、エンテベ空港近くの環境教育隊員のまきさんのお宅に泊めさせてもらう。まきさんはつるさんと同じくケニアからの振替で来月帰国予定。おしゃべりし、夜ご飯を作ってもらい、まきさんご自慢のチテンジ(アフリカの布)コレクションを拝んでから、数時間就寝。

4月21日

2時半起床。前日に予約してあったスペタクの運転手が時間通り早朝3時ぴったりにやって来る。まきさんも起きて見送りしてくれる。至れり尽くせりお世話になる。10分程度で空港に到着。チェックインをしてから、空港内のカフェで早すぎる朝ご飯。ぼーっと搭乗を待つ。5時10分発ナイロビ行きケニアエアウェイで出発。定刻通り出発し、ナイロビに到着。ナイロビは東アフリカ最大の玄関口だが、空港は狭くていけてない。驚くことに空港内は80%が中国人で占められていて、私まで話しかけられる始末。最後のビジネスチャンス、アフリカ大陸へ着々と進出中。恐るべし中国人パワー。1時間ほど遅れ、8時25分発ケニアエアウェイでマラウイの首都リロングウェへ。9時25分リロングウェ到着。国際空港にもかかわらず、タクシーがないということで、訓練所時代テクニカルクラスでお世話になった同期PC技術隊員のかざっちに迎えに来てもらう。ウガンダと同レベルと見込んでいたが、タクシーがないなんて・・・。しかも、ゲートを出る直前に係員に呼び止められ、公用旅券所持なのに難癖をつけられる。友達がいるなら呼んで来いと言われ、かざっちとの久々の再会も喜ぶ間もなく、説明に追われる。賄賂を要求する時のやり方で、マラウイの空港でよくあることらしい。同期の建築隊員のりん君も一緒に来てくれ、タクシーで一緒に市内に向かう。まず、事務所に向かい、調整員からブリーフィングを受ける。その後、スペタクでドミトリーに向かう。マラウイのドミトリーはきれいだが、やはりマラリア療養中の隊員がいるのは同じ。隊員がインカムジェネレーションで売っているハニーキャンドルを買う。その後、近くにあるJICAのプロジェクトで建てたOVOPショップへ。 P4213170 日本で一村一品運動として知られ、One Village One Productといい、ウガンダでも推進中。バオバブジャム、オイル、蜂蜜、陶芸隊員による陶器などが売られている。販売員もマラウイアンで、やたらテンションが高い。現地の人もお米やキャッサバフラP4213166ワーを買いに来ている。お土産にお米やパーム石鹸を買う。その後、マーケットにあるローカルレストランでお昼ご飯。マラウイではウガンダのポショ(白トウモロコシ粉をお湯で練ったもの)に相当するシマが主食だが、ポショよりもちもちして美味しい。それとトマト味の焼チキンと一緒に食べる。それから、タクシーパークに行き、任地に帰るりん君と別れ、ミニバP4213177P4213179ス(ウガンダのマタツ)に乗り込む。2時間後、ロビに到着。そこからマトーラ(トラックの荷台に大勢合い乗り。一応公共交通機関)に乗って1時間。世話好きのおばちゃんにここで降りてバイクタクシーに乗り換えろという命令に従い、とりあえず降りる。水を買いに入った小さな商店で、思わずマラウイ産のチテンゲ(ウガンダのチテンジ)を買う。バイクタクシーに乗ること30分(チャリマト(ウガンダのチャリボダ)で行くと1時間半かかるらしい)、ようやく同期の理数科P4223186隊員のしんしん君の任地へ。我が任地とかなり近い村生活だ。そこに牛車、ロバ車が通過。  よく見ると周りには牛車用の荷台を作っているカーペンターのお店がある。これはさすがにウガンダの田舎でもない。負けた。配属先の学校を少し覗く。 ボーディングの生徒達が夜ご飯中。なぜかバケツの蓋でシマを食べている。その後、帰国に向けて飼い主募集中のP4223189飼い猫の出迎えを受け、家にお邪魔する。電気水道なしだが、マラウイでは2年前は携帯がなかったため、連絡手段 として全隊員無線使用だったため、ソーラーパネルがついているため、携帯が普及した今でも電気は使用できる。しかし、通信不安定のため、全隊員携帯2台を持ち、2社利用、防犯上、どんな田舎でも最低限グラスウォール(草や枝で作った塀)で家を囲わなければならず、ウォッチマン(ウガンダのアスカリ)という門番を雇わなければならないとのこと。驚きだ。ちなみに大学新卒でやって来たしんしん君は、数十キロ痩せ、マラリアに2回感染している。その後、バーで飲み物を買ってから、しんしん君が予約してくれていた美味しいローカル料理を出してくれるおうちへ。シマ、ご飯、野菜、ゴート煮込みなど豪華なローカルフードの夜ご飯を満喫。家に帰り、しんしん君が薪で沸かしたお湯を汲んでくれ、ベイジング。ランプの周りに虫などがいるが、暗さもあり見ないふり。前夜ほとんど寝ていないため、爆睡。

4月22日

8時起床。既にしんしん君は学校へ授業に行っていた。しんしん君が買っておいてくれたスP4223226P4223219コーン(山型パン)をかざっちと一緒に食べ、朝ご飯。その後、学校を見に行くが、休憩中ということで、すぐ脇にあるプライマリースクールを見に行く。マラウイアンはとても丁寧で、全員挨拶を欠かさない。校長の案内により教室を見て回ってから、タウンへ行き、マーケットなどを見学。スP4223227コーンを売っているお店がたくさんある。マラウイではお洒落にティールームと呼ぶらしく、  みんなスコーンと紅茶を食べている。その他マーケットで売っているものはウガンダとほぼ同じ。ウガンダのエンボリ(さつまいも)と比べるべく、ふかし芋を買って食べる。その後、学校へ戻ってしんしん君の授業を見学。今日は三角形の書き方の授業だ。道具をみんなで使い回すため、時間がかかる。教科書がないため、黒板を写したものが教科書代わりになるが、写しP4223234P4223235間違えると致命的になる。 その後、タウンでお昼ご飯にシマとゴート煮込みを食べてから、お暇する。マラウイに来て思ったことは、隊員達の現地語(チュワ語)習得レベルが素 晴らしい。 ウガンダ同様、公用語は英語で、一般的に英語で通じるが、みんな日常生活は現地語で送っていP4223241る。またマラウイの挨拶の習慣は、膝を少し曲げながら、手を胸の前で上下にぽんぽんと叩くが、マラウイ隊員はその行動が癖になってしまっていた。バイクタクシーに乗って、ミニバスの走っている町まで行く。ミニバスに乗り、陶器の町デッザへ。1時間後、デッザに到着。田舎道を歩くこと30分、DP4223253edza Pottery Lodgeに到着。陶器の工場、宿泊施設、レスP4223260トランがあり、 周りの景色も美しい。 部屋も陶器製品で統一されていて、とてもかわいい。 工場へ行き、散々迷ってから食器を買う。外国人相手のせいもあるが、従業員がてきぱき要望に応えてくれたことにびっくりした。ウガンダではどんな店でもありえないことだ。その上、手際良く梱包してくれる。その後、美味しいと評判のチーズケーキをレストランで食べ、夜ご飯の予約をして一休みしてから、再度レストランで夜ご飯。ピザとサラダという都会の食事をして就寝。

4月23日

7時起床。朝ご飯を食べてから、チェックアウト。親切な女性に近道を案内され、そこからミニバスに乗ってリロングウェに戻る。タクシーで郵便局へ行き、デッザに買った食器を日P4233271本に送る。その後、両替をしてからドミトリーへ。ボツワナから同じく任国外旅行中の同期エイズ対策隊員のなこさんと合流。 みんなでタクシーパークへ向かう。お昼ご飯を食べる時間はなく、客待ちの時間に窓からみかん(オレンジではなく、日本のみかんに近い)、 バナナ、サモサを買って食べる。車内ではダイヤモンド成金国家ボツワナのアフリカの国とは思えなP4243282い暮らしぶりを聞く。隊員のみならずほとんどのボツワナ人は家にバスタブがあるらしい。P4243288冴えないマラウイ、ウガンダ隊員の2人はただ驚くばかり。2時間後、 センガベイに到着。そこからマトーラに30分乗り、さらにチャリマトに乗り換える。坂道ではきついらしく、途中みんなでとことこ歩いて行く。20分後、Safari Beach Lodgeへ到着。世界遺産マラウイ湖が一望できる。美しい。それぞれに夕日を見に行ったり、散歩したりして過ごす。クラフトショップで木彫りの置物をお土産に買う。夜ご飯はマラウイ湖で採れた魚を満喫。

4月24日

7時起床。朝ご飯を食べてから、昨日のチャリマトメンバーが迎えにやって来たので、タウンまで戻りP4243294、マトーラに乗ってミニバス乗り場に。タイミングが悪く、客待ちに時間がかかりそうで、なかなか出発しそうになかったので、マーケット見学をする。そうしているうちに、出発直前の大型バスをつかまえて乗り込む。頻繁に途中で止まるものの、順調に進んでいたかのように見えたが、 リロングウェ到着直前にガス欠。待ち時間がもったいなかったので、通りがかったミニバスの乗り換え、リロングウェへ。かざっちの配属先のクリニックを見学して、P4243301マーケットでチテンゲを見てから、タクシーパークへ戻り、ミニバスで国境の町ムチンジへ。田舎らしく、車内はぎ ゅうぎゅう詰め。マラウイでよく見かけるチップス屋さんで買ったチップスをみんな食べているため、油くさい。途中乗り換えさせられたものの、無事ムチンジへ。ウガンダと違い、南半球は日が暮れるのが早い。6時で既に暗くなっている。急いでタクシーで国境へ。公用旅券でいつもはかからないのに、25ドルのビザ代を払い、ザンビアへ入国。両替してから、再度タクシーをつかまえてザンビア側国境の町チパタへ。チパタの隊員と待ち合わせをし、ザンビアの隊員3人と一緒に夜ご飯。陶芸隊員が作っている商品も見せもらったが、窯の温度が低く、食器などが作れないのが厳しいと言う。シマと魚の夜ご飯を食べ、隊員のお宅へお邪魔して泊めさせてもらう。電気水道あり、バスタブもあり、なかなか快適な住まい。日本での生活も含めて、今までの人生で一番いい家だと言っていた。麦茶を御馳走になりながら、日本では婚活というものが流行っているらしいという話になったが、帰国したら婚活の前に就活だと漏らしていた。

4月25日

4時起床。前日に頼んでいたタクシーが迎えに来て、見送りを受けてバス乗り場へ。5時P4253304発のザンビア首都ルサカ行き長距離バスに乗り込む。途中の休憩ポイントで揚げ魚など食べながら過ごし、11時半にルサカのバスターミナルに到着。生活班が一緒だった同期のエイズ対策隊員のまさが自転車で迎えに来てくれる。ウガンダに研修に来たことがあるため、久 し振りの感じがしない。ザンビアでは同期の半分が首都隊員だ。タクシーでまさの家に向かう。マラウイでも同様だったが、バイクタクシーが基本的にない、またミニバス(ウガンダのマタツ)P4263311 がウガンダのように不必要に大量に走っていない、ある程度規則を守って走行しP4263312ていることにより、町がきれいだ。家は町の中心にあり、日本での生活とほとんど変わらない住まい。荷物を置いて、再度タクシーでアーケーズへ。大型ショッピングモールで、その駐車場でサンデーマーケットをやっている。フードコートで炒飯をお昼ご飯に食べるものの、体調不良。ケ ニアから任国外旅行で来ている同期の野菜隊員しまかなとゆうちゃんとザンビア青少年活動隊員さぶちゃんと合流。カフェのMintで美味しいという評判のケーキをみんなで食べ、P4253309サンデーマーケットを見に行くが、既に体調が限界近くに達していたため、まさと一緒に家に帰り、休ませてもらう。南半球は雨季、乾季以外に夏や冬という季節もあるらしく、想像以上に寒く、赤道直下で2年間過ごしている身にとって、それも体調不良の一因かもしれない。マラリア感染かもという不吉な予感もよぎったが、外国(私にとって日本とウガンダ以外)ではなりたくはないと必死に打ち消して寝る。

4月26日

体調が戻って来たように感じたが、朝ご飯を作ってもらってから、大事をとり、午前中休ませてもらう。お昼にまさの友人が日本から到着。続いて、マラウイからかざっちとエイズ対策と青少年活動の後輩隊員2人がやって来る。体調が回復したので、みんなと一緒にタクシーでチテンゲ街に向かう。P4263314 みんなでチテンゲを買った後、この辺は治安がいまいちということで、タクシーで即離れる。まさは1年ほど前に携帯を盗られそうになり、逆らったため顔面を打たれて強奪されたことがある。ザンビアでは数年前隊員が銃で撃たれた事件があり、ウォッチマンを雇うことが奨励されているように、ウガンダほどは治安がよくないようだ。その後、まさの配属先のNGOを見学に行く。まさはオフィスも与えられていて、かなりいい環境P4273319で活動している。みんなで挨拶回りをしている間に、まさが両替をしてきてくれる。ザンビアとマラウイ は元々同じ国民だっただけに、チュワ語が通じ、挨拶の丁寧さも同じだ。しかし、ザンビアに入った途端、隊員達から現地語はほとんど聞かれなくなった。ザンビアでは学校で休み時間すらも英語で話すように教育されているとのこと。まさのオフィスで待つ間、部屋にあった子宮リングからエイズの話で盛り上がる。ザンビアではエイズ感染率が20%を超え、アフリカ大陸の中でもトップ感染率だ。国土の広さから、クリニックまでのアクセスの困P4273324難さも感染拡大の一因のようだ。その後、近くのコリアンレストランで夜ご飯。訓練所時代から2年振りに会う同期達が集合。みんな元気に活動しているようだ。ザンビアの調整員も 一緒にしゃぶしゃぶ食べ放題を満喫。家に帰り、荷物を片づけていると、マラウイで買ったお米の袋が破けて、お米がこぼれている。やはり途上国での商品化につきものの、パッケージマテリアルの貧弱さがここでも。マラウイ隊員達が責任を感じ、一緒に補修。OVOPプロジェクトの落とし穴。

4月27日

7時起床。朝ご飯を食べて、タクシーでバスターミナルに向かう。リビングストン行きの高級長距離バスに乗り、P4273328 9時に出発。車内は半分以上が日本人の隊員達で埋まっている。ウガンダでは決して見ることがない、貨物を改造したバスではなく、本当のバスだ。車内ではジュース、ビスケットや新聞のサービスまである。さすがザンビア。生活班が一緒だった同期の体育隊員まっきーと一緒に座り、久々のおしゃべり。休憩ポイントでケンタッキーより美味しいと評判のチキンとチップスを買って、車内でお昼ご飯。道も舗装の状態がよく、快適なバP4283368ス旅。3時半にリビングストンに到着。歩いて宿泊先のJollyboys Backpackersへ向かう。半分以上は日本人で、かつ各国からの任国外旅行の隊員達だ。ホームクラスで一緒だったナミビアの 美術隊員のちかとも再会。部屋割や明日のアクティブティの予約などを行ってから、みんなでインド料理を食べに行く。それからタクシーに乗り、いよいよビクトリアフォP4283339ールズのルナレインボーを見に行く。月末の3日間のみ、満月に反射した滝が造り出す夜空に浮かぶ虹。帰国が迫った私の隊次は、各国からこぞって見に来たため、日本人の隊員だらけという結果に。ウガンダからも隊員が来ていて会う。宿泊先でも滝のエントランスでも、スタッフは日本語で挨拶してくるくらいだ。虹は幻想的で美しく、時を忘れる。満足して、タクシーで宿泊先へ戻る。お茶を飲みながら読書をして就寝。

4月28日

Img_0038Img05036時半起床。朝ご飯を食べて、8時に迎えが来て車で出発。今日は昨日予約していたMicrolight Flightに挑戦。 操縦士付き小型プロペラ機に乗って、上空からビクトリアフォールズを臨むというもの。2機ずつ出発するが、途中雲が多くなったので、晴れるのを待ってから、いよいよ出発の番。シートベルトを締め、ヘルメットを被るが、両脇は開放感抜群。高所恐怖症の人は無理な乗物だ。出発するとあっという間に上空へ。雲の合間をくぐり抜けると、眼下にはビクトリアフォールズの壮大な風景が。滝と周りの緑の中に虹が輪になって浮かび、自然のP4283377P4283385美しさが浮かび上がる。空から象も見える。時間はすぐに過ぎてしまい、プロペラ機は無事戻る。プロペラ機に付いていたカメラで撮った写真のCDを買い、私以外のメンバーはバンジージャンプの場所へ移動、私は町に車で戻る。そのまま、街歩きに出かける。観光案内所に寄ってかP4283401ら博物館を見学するが、アフリカのレベルとしてはかなり高い。この前まで学芸員隊員がいたらしい。ウガンダの首都カンパラに唯一ある博物館は終わっている。さすがザンビア。観光資源が国力に与える影響はすごい。街並みも美しい。お土産アーケードを覗いてから、町にあるお洒落なお土産物屋さんを回る。スーパーのショップライトに併設されていたカフェでお昼ご飯。パスタなど値段は日本と変わらない。本屋さんを覗いたり、駅を見学したりする。P4283406P4293410ザンビアは鉄道が走っているのもすごい。 任地に鉄道で 帰るなんてお洒落だねとマラウイ隊員達と話していたことを思い出す。ぶらぶら歩きながら帰り、4時前に再度車で出発。夕方からサンセットクルーズに。ボートに乗り込み、ビクトリアフォー ルズに沈む夕日を見る。飲み物や食べ物も出てくるが、みんな写真撮影に夢中。下船して、 宿泊先に戻るが、もう一度ルナレイP4293437ンボーを見に行こうということになり、ドライバーと交渉して出発。昨晩より雲がないため、期待は膨らむ。しかし、あともう少しというところでガス欠。何とかガソリンを入れ、再出発。今日も日本人だらけだ。 ルナレインボーは、今晩の方がはっきりと見えて美しい。25ドルもするが来た甲斐があった。

4月29日

7時起床。朝ご飯を食べて、8時半に出発。9時にバス乗り場から行きと同様の高級長距離バスに乗り込む。そのままボツワナのなこさんと一緒にボツワナへ任国外旅行に行くまさ0429と別れる。4時にルサカに到着。タクシーでまさの家に向かう。家主がいないにも関わらず、鍵を借りてお宅にお邪魔する。6時にザンビアの同期で、訓練所時代酪農体験を一緒にした栄養士隊員ともちゃんとまっきーと一緒にインド料理を食べに行く。安い上に、食べ放題。満喫して家に帰ってから、 ともちゃんが写真データをみんなから集め、CDに焼いてくれる。写真鑑賞会になり、みんなでおしゃべりしながら楽しむ。また、まさの家に滞在した人は思い思いの言葉を習字に託すようになっていて、部屋には習字紙が貼られている。私達もそれに倣って、習字を書いて任務を果たす。

4月30日

マラウイから来ていたかざっち達が3時に出発し、4時のバスでマラウイに帰るため見送る。もう一眠りしてから、8時に起き、家の戸締りや水回りなど確認してから9時に家を出る。ミニバスに乗ってアーケーズへ。1つ手前で降りてしまい、歩いて向かう。Mintで同期のPC技術隊員のひがちゃんと待ち合わせをして、朝ご飯。スーパーで最後の買い物をして、お金を遣い果たし、タクシーを呼んで、11時に空港へ。12時45分発ケニアエアウェイでナイロビへ。ナイロビでは、今度はインド人の集団が。行きの中国人といい、帰りのインド人といい、世界の人口の縮図を見るようだ。1時間ほど遅れ、17時50分発ケニアエアウェイでエンテベへ。19時5分着。ウガンダに帰って来て、本当にほっとした。楽しいが、やっぱり外国滞在は疲れてしまい、冴えなくても、やっぱり自分の国が一番。タクシーでカンパラまで行くと高額なので、Kitoroまで行ってから、タクシーパークでマタツに乗り換える。客拾いでしょっちゅう止まるが、そんなことすら愛おしく、今日に限ってはいらいらしない。カンパラへ着き、統括調整員のお宅にお邪魔する。元マラウイ隊員だったため、マラウイ話で盛り上がる。今回の旅行で多くの同期隊員達に訓練所以来約2年振りに会った。みんな生き生きとして、伸びやかに逞しくなっていた。人間は行き様次第で、いくつになっても成長できるものだ。

5月1日

8時起床。日本食の朝ご飯を御馳走になってから、ガーデンシティへ買い物に出かける。ウガンダは他のアフリカ諸国と比べると物価も比較的安いこともいいことだ。そのまま歩いてオールドカンパラへ。雑踏の中、ボダボダやマタツに轢かれそうになりながら、洋服を買いに行く。すっかり疲労し、マタツに乗って帰る。事務所へ寄ってお土産などを置いてから、マタツでドミトリーへ。洗濯や荷物の整理をしてから、キセメンテへ行き、先日までいた大使館の人の友人で、日本から1か月ほどウガンダに滞在予定の女性と待ち合わせ。クロコダイルで一緒にお昼ご飯を食べる。その後、歩いてブコトにマッサージに行く。すっきりしてから、Mexicanaで夜ご飯。

5月2日

9時起床。バンカフェで朝ご飯を食べてから、マーケットで来週分の野菜を買い、バスパークへ歩いて行く。エルゴンフライヤーに乗り込み、12時過ぎに出発。途中で砂肝串焼きを頬張りながら、任地に帰る。タウンで買い物をしてから家へ。久し振りに帰宅した我が家は、やもりの糞やら、エンスワ(羽アリ)の死骸やら、その他虫や草で大荒れになっていた。すぐさま掃除を開始する。停電が続いていて、パラフィンストーブでお湯を沸かす気にもなれず、早々に寝る。

5月3日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。朝から老若男女、旬のエンスワ(羽アリ)採りに励んでいる。昨日からの停電が続いており、どうしようもない。月曜日のせいか、いつも通りか職員もまばらだ。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後はオフィスへ行くものの停電が続いており、みんなでだらだらとおしゃべりするのみ。停電かつ職員もいないため、早々に閉庁。家に帰ると、隣のセクハラ警官セボに呼び止められ、何だと思ったら、ルソガで肉をくれと言われた。未だにおねだりしてくるとは、本当にどうしようもない奴だ。ベイジングをしようと、ベイジングルームに行くと、巨大ガマガエルが鎮座していた。自分を落ち着かせて、なるべく刺激しないようにしてそっと追い出す。また、寝ようとしたら、頭上でがさがさと音が。よく見ると、とかげがベッドに侵入していた。再度自分を落ち着かせ、とかげ撤去に尽力。今日一番の仕事をした気がした。

5月4日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。今日も職員はほとんどおらず、Planning Unitには誰も来ていない。午前中は資料作り。お昼近くになって、ようやくPlannerPopulation Officerがオフィスへやって来た。最高の職場だ。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は刑務所へ行くが、囚人達は井戸へ水汲み作業中。オフィスへ戻って、引き続き資料作り。夕方から大雨で、識字教室は中止に。雨季はまだまだ続きそうだ。

5月5日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。珍しくPopulation Officerに若干優しげな言葉をかけられ、ちょっとびっくり。雨季だけど、雨が降るかも。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は自転車に乗ってEvelynのところへ。家にいなかったので、子供達にどこに行ったのか聞くと、近くのTrading Centreと言うので行ってみることに。大層な名前が付いているが、ただの田舎の商店が数軒あるのみ。Evelynを見つけて、訓練所の進捗状況の催促をすると、資金の見込みがついて2週間後に完成するからまだ日本への報告は待てと言う。来月8日には訓練所のオープニングセレモニーの開催も決まっているらしい。時間があまりないので、遅れると困ると思い、Are you sure?と何度も聞くが、大丈夫と言い張るので、もう少し待ってみることにする。Districtに戻って、そのまま刑務所へ行き、識字教室。ある囚人が新聞記事に載っていたrefrigeratorの単語を見て、冷蔵庫って何ですかと質問。そこから?と思ったが、ほら四角くて電気で冷たくして、飲食物を入れる箱だよと言ったら、遠い記憶を思い起こして納得した様子。ポショを食べていけというので、全く乗る気ではないが、一口だけもらって家に帰る。早速ジョゼフとタデオが待ち構え、お金欲しさに草むしりをするというので、お願いする。夕方洗濯をするが、夜大雨に。

5月6日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。途中から停電。電気がなくて、どうやって仕事をすればいいのかとPopulation Officerが私に言ってくるが、そんなこと言われても。そもそも電気があった時、散々携帯でおしゃべりしたりぶらぶらしていたくせにと思ったが、黙っておいた。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は自転車に乗って識字教室へ行くが、お葬式で中止。人が沢山産まれるが、よく亡くなりもする。Districtへ帰って、職員達とおしゃべり。女性陣にはストレートの髪を羨ましがられる。男性陣には日本に帰る時連れて行ってくれといういつもの台詞。どうやら日本はお金が降ってくると思っているらしい。家に帰ると、子供達が大騒ぎ。ルソガでうるさーいと怒鳴るが、全く効果がなく、いらいらが募る。ますます面白がって騒ぐので、ぶち切れる。とても疲れる。同期のきりのっくすから連絡があり、今日電力会社Umemeが電線を撤去していったらしい。我が家が先日同様の目に遭ったので、警告しておいたがやはり。今の時期、電気がなくなるのは痛い。ウガンダでは昨日あった物や人が明日もあるとは限らない。理想論ではなく、現実問題として今日できることは今日しなくてはならないし、その日に会える人には会わないとはならない。

5月7日

7時起床。朝ご飯を食べて、タウンからマタツに乗って、カンパラへ。客を拾ったりしてやたら止まるため、時間がかかり、結局4時間以上かかって到着。しかし、約2年の間の最安値6000シル(360円位)で上京。ルゴゴショッピングモールのアフリカンコーヒーでお昼ご飯。その後、Gameで買い物をしてから、マタツに乗って行き、ガーデンシティとナクマットで買い物。ついでにフライデーマーケットへ行き、帰国に備え、日本へのお土産購入。大量購入し、ふらふら歩きながら郵便局と両替所へ行く。セレナホテルにも頑張って歩いて行き、お土産物色。その後、カンパラロードを歩いている途中で、少しおかしい様子の身なりの汚いセボから大声でチャイナと言われ、しかも触られそうになる。それを見て、周りのセボ達が笑っている。久々にかなり怒り心頭。明らかに馬鹿にしている態度に、どこのドネーションのお陰で国が成り立っていると思っているんだーとよほど言いたかったが、我慢した。心身共にダメージ受けつつ、ようやく事務所へ到着。雑用や提出物を出してから、マタツに乗ってワンデゲアまで行き、今月受験するテスト会場の下見に行く。場所がよく分からなかったので、迷いながらもたどり着いて確認。その後、マタツでドミトリーへ行き、荷物を整理しつつ、さらに追加。帰国に備え、共用棚がどんどん私の私物で占領されつつある。再度マタツに乗って、北畠専門家のお宅へ。ジュニア専門家のまきさんと一緒に3人で金曜日限定セレナホテルのシーフードビュッフェを食べに行く。内陸国でのシーフードは格別だ。

5月8日

8時起床。Cafe Papへ朝ご飯を食べに行く。その後、オールドカンパラでボダボダやマタツをかき分けながら、買い物に行き、1000 Cupsでお茶をしながら手紙を書いてから、郵便局へ。いつもの窓口のニャボとおしゃべりしてから、手紙を出してから、北畠専門家と車でTulifanya Art Galleryへ。新聞でガソリンを水増しするために、軽油などを混ぜて販売されているとの話があり、最初変な音がしていたけど、減ってきたら調子が戻って来たと言う。恐るべし。今日は新しい展示のオープニング。家のベッドサイドデスクにいいと2人で家具を真剣に物色。馴染みのギャラリーのニャボとおしゃべりしてから、Emin Pasha Hotelへ行き、遅いお昼ご飯。いつ行っても素晴らしい雰囲気。食後、予約してあった併設のSpaで足マッサージとペディキュアをしに行く。汚かった足が一時的にでもきれいになり、気分的にすっきりする。

5月9日

8時起床。朝から大雨。車でセレナホテルへ行き、朝ご飯を食べる。宿泊客のビュッフェ式朝食の中で、パンとコーヒーだけでも対応してくれるフレッキシブルさが、外国の高級ホテルのいいところ。パンが美味しかったので、別世界の自分の村で食べるため、ショップで購入。ギフトショップを見てから、家へ帰り、洋服や食料を沢山頂いてから、お暇し、周りの空気は先ほどのセレナホテルとは一転。ナカセロマーケットで来週分の野菜を買い、セボ達にジャパニーズ、日本に連れて行ってくれと絡まれ、一気にダウンタウンモード。いつもでも汚い未舗装の道が、雨上がりでいつも以上に泥だらけ。マタツやボダボダに轢かれそうになりつつ、足元は泥だらけ。昨日綺麗になった足も台無し。エルゴンフライヤーに乗り込み、売り子さんからフルーツを買い、食べながら客待ち。1時間後に出発。食べ物調達ポイントで、いつも通り砂肝串焼きとゴンジャ(焼きバナナ)を食べながら、任地へ帰る。タウンで野菜や卵を買ってから家に帰る。家で今朝買ったセレナホテルのパンを食べてみたが、場所及び雰囲気のせいか、全く違う味がした。

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2010年4月20日 (火)

来るべき時が来てしまいました

4月13日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。お昼に空きペットボトルを携えてはるばるタウンまで行き、パラフィンストーブを探す。しかし、お金がない人は薪、少し余裕がある人はチャコールストーブというレベルの村において、パラフィンストーブですらその使用率は極めて低く、なかなか見つからない。ガスを使っていましたとは口が裂けても言えない状態である。タウンにいるセボ達に聞きながら、何軒か回った頃、タウンにスーパーもどきのお店が。中に入ると、ローカルレベルにおいて最高の品揃え。しかもナムトゥンバ初の定額表示。ウガンダ全土でスーパー経営などしているのに、田舎過ぎてナムトゥンバにはいなかったインド人の経営。3月にオープンしたばかりらしい。何も変わってなP4143157いようで、少しずつでも変わってきているんだなーと実感。そこでニャボにチャコールストーブを組み立ててもらい、向かいのガソリンスタンドで持ってきた空ペットボトルにケロシンを入れてもらい、家に帰る。隣のセボに簡単にやり方をレクチャーしてもらい、いざ家でやってみると、火が燃え上がって大変なことに。ダッシュして隣のセボの所に行き、火事になるー!と助けを求めに行く。いつものろまなセボも珍しく機敏な動P4133147きでうちまでやって来て、消火。もう一度、うちでレクチャーを受ける。You need more practicesとダメ出しされる。 そうしているうちに、担当調整員が到着。Chairmanに挨拶をしてから、タウンで一緒にお昼ご飯。今日はマトケと屋台のムチョモ(串焼き肉)も付けて豪華だ。その後、Evelynの 家に行き、同期のきりのっくすが行っているせっけん作りを見学。ちょうど少女P4133150達の農業訓練が始まったばかりで、彼女達もせっけん作りに参加。意外にコストがかかるらしく、現地の廉価なせっけんとの兼ね合いが売る時のネックになるようだ。ガーデンにその香料となるモリンガの木を見に行く。近くで養蜂もやっているが、どうやら蜂蜜が盗まれているらしい。P4133156防犯対策で柵を作りたいと言っているが、先立つものがない。その後、少女達の訓練用の畑と訓練所を見に行く。訓練所の脇に休憩所、というかだらだらおしゃべり用スペースが手作りで作られている!優先順位がよく分からないが、まあ好きにすればよし。天気が崩れてきそうだったので、急いで家に帰る。家につくやいなや大雨に。夜も練習を兼ねてパラフィンストーブでお湯を沸かす。結構慣れてきて加減が分かってきた。何事も練習だ。

4月14日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰る。今日もパラフィンストーブで調理の練習だ。やたら煤が出て、汚れる。井戸から汲んでくる貴重な水がどんどん消費されていく。汚れるし、家はオイルくさくなるし、悲しい。何とかお昼ご飯を作って食べてから、午後は刑務所で識字教室。まだお昼ご飯中で、Today’s lunch is さつまいもと囚人達が口を揃えて言う。看守達とおしゃべりして待ってから、いつも通り授業。終わってから、家に一旦戻り、支度をしてから出発。タウンからマタツに乗ってジンジャへ。今日のマタツは何とタウンにある警察署から手錠をかけられた逮捕者と同席だ。しかし、なぜか警官も逮捕者もみんな笑いながら楽しげに移動。周りの人達も一切気にしている様子はない。なので、私も乗客みんなとおしゃべりしながら、楽しく移動。2時間後、ジンジャタウンに到着。今日のメインイベント、壊れた電気ポットを何が何でも直すことに全力投球。田舎の私の任地では修理不可能な上、新品の購入も不可能。ガスがあった頃は、あと少しだからもういいやと放っておいたポットだが、ガス無き今、一気に貴重な存在に早変わり。どこで直せばいいか分からず、いろいろな人に聞き、インド人経営の電気屋さんで、Engineerが直せるというので、直してもらうことにする。近くの部品屋さんで値切り交渉をし、それを取り付け交換してもらう。結局、新品を買ってもあまり変わらない値段にはなったが、無事修理完了。ポットをずるずる持ちながら、歩いていると、Barazaで同期のきりのっくすと会う。リュックには村でクラフト作成の際使う缶入りニス5キロを背負っている。都会でしか買えないため、やむを得ないのだが、たくまし過ぎる。一緒にソーダを飲んでから、Flavoursへ移動。今日は毎週水曜日に屋外映画鑑賞会をやっているとの噂を聞き、きりのっくすとやって来た。夜ご飯を食べ、おしゃべりをしているうちに映画が始まる。P4153159涼しい夜、ガーデンでの映画鑑賞は気持ちがいい。しかし、途中で疲れたので、カフェを出て、今日の宿泊場所を探す。タウン中心部にあるMayfair safari hotelに決定。前の道端で売っているムチョモ(串焼き肉)を買う。私達が現地語で話すと、セボ達同士が彼女達は中国人じゃない、日本人だ、日本人はみんななぜか現地語を話すとこそこそ言っていた。ジンジャでは隊員の存在がかなり認知されつつある様子。ローカル色にあふれたレセプションの上に部屋がある。かろうじてホットシャワーがある。さすがジンジャだ。夜中までおしゃべりし続ける。

4月15日

朝5時の隣のヒンズー教寺院のスピーカーからのお祈りの大音量による目覚め。支度をし、Ozzie’sで朝ご飯。パンケーキなんぞ都会の食べ物を食べてから、マーケットを覗きながらタクシーパークへ。イガンガ経由で家に帰る。今日はPlanning Unitには誰も来ていない。お昼に家に帰って洗濯をして、お昼ご飯を食べてから、午後は自転車に乗って識字教室へ。ニャボ達が苦手な割り算勉強会。家に帰って、ベイジングの準備。今日から再び電気ポットが大活躍。電気の力ってすごいなーとしみじみ実感する。

4月16日

7時起床。昨晩からの大雨が続いている。一歩外に出ると、足は泥だらけ。朝ご飯を食べてから雨が上がるのを待ち、タウンからマタツに乗り、イガンガで乗り換えてカンパラへ。ルゴゴショッピングモールのAfrican Coffeeでお昼ご飯。ShopriteGameで買い物をしてから、再度マタツに乗り、ガーデンシティとナクマットを覗いて価格調査。Cafe Papで一休みしてから、夕方北畠専門家のお宅へ。お土産に買ったキャットフードを愛猫ペプシにあげて遊ぶ。ウガンダ北部グルオフィスの企画調査員と待ち合わせをし、3人でセレナホテルで夜ご飯。今晩はカクテルパーティー兼ピアノコンサートが開催されるため、大渋滞。ウガンダのお金持ち達がドレスアップして高級車で大勢やって来る。村との格差が激し過ぎる。

4月17日

7時起床。Cafe Papにブランチを食べに行く。午後は布及び洋服を求め、タクシーパーク周辺に広がる庶民のエリアオールドカンパラへ。車やボダにひかれそうになりながら、未舗装とごみによる汚い道を歩き、怪しげなアーケードをくぐり抜け、チャイナという腹立たしい呼び掛けに言い返しながら歩き、非常に疲れる。排気ガスで身体中汚れている感じ。履いていたサンダルも少し壊れかけてきた部分があったので、道端にいる靴修理のセボにお願いして直してもらう。さすが庶民の町。値段も安いが、修理もウガンダらしくかなりの適当さだ。歩き回った末、結局1枚だけ洋服を買って戻る。ペプシと遊んだり、読書したり、先ほどまでの喧騒が嘘のような空間だ。夕方ガーデンシティに行き、夜ご飯はレバノン料理。ベジタリアン並みの野菜たっぷりの食事。中東も結構いいかも。

4月18日

7時起床。シニアボランティアの青木先生と待ち合わせをし、3人でCafe Papでブランチ。先生は最近ライフラインの調子が悪い上、ウガンダ人生徒にお金を騙し取られたりするなど不調の様子。みんなであともう少しだからと励ますしか術はなし。すっかりお世話になった北畠専門家の家をお暇し、車でドミトリーまで送ってもらう。荷物を片づけ、キセメンテのラフォンティーヌでお茶をしてから、マタツでバスパークへ行き、エルゴンフライヤーに乗って任地へ帰る。今日の旅のお伴は、客待ちしている間に売りに来たフルーツカップと、いつも途中の食べ物調達スポットで買う砂肝串焼き。家に帰るが停電中。意を決して冷たい水でベイジングを済ませ、ランプの灯で勉強するが全くはかどらず。諦めて早々に就寝。

4月19日

7時起床。朝ご飯を食べて、洗濯をしてから、8時半にオフィスへ。昨日から停電が続いていて、なす術なし。10時頃、ようやくPopulation Officerがやって来て、電気ないのかというので、昨日からないよというと、仕事どうすればいいんだと言ってくるので、知らんと言うと、いつも通りのふてぶてしい態度でおしゃべりしたり、携帯で電話したりしてだらだらしている。電気があってもなくてもやっていることはいつもほとんど変わらないが。お昼ご飯を食べに家に帰ると、村落開発普及員のこうだい君がバイクでやって来て、ネリカ米のモニタリング。どうやら順調に育っているらしく、帰国までに収穫できそうですよと言われる。囚人達もお陰で食生活が少しだけ潤うことだろう。午後は刑務所へ行くが、囚人達は遠出で労働作業中。看守のMonicaに何で宗教を信じないのかとしつこく聞かれ、足止めされる。その後、電気が復活したため、オフィスで資料作り。午前中停電で文句を言っていたPopulation Officerは電気があっても、やっていることは午後も全く同じだった。

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2010年4月12日 (月)

ウガンダの二宮金次郎再び

4月6日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。連休明けのせいか、はたまたいつも通りなのか、職員はまばらだ。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後は識字教室へ行こうと、インストラクターのStevenに電話をすると、体調が悪いとのこと。Are you okay? と聞くと、I am not okayと言う。先週はみんなで回復を祈って、お祈りを捧げたのに。いつも神頼みなのに、今回は駄目なのか。午後はオフィスへ行くものの、職員がいないため、3時に閉庁。事務所から、今週マケレレ大学でPolitical Electionがあって、生徒達が暴動を起こす可能性が高いため、道路も封鎖されるため、近づかないようにとの連絡がある。田舎とは違い、都会は今週も荒れ模様。

4月7日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。午前中は資料作り。お昼ご飯を食べに家に帰ると、何やら人が来て、何かをしている様子。外を見ると国内唯一の電気会社で悪名高いUmemeの車が停まっている。そうこうしているうちに、電気が切れる。うちの電線が撤去されている。どうやらメーターがついていないので、料金徴収ができないため、撤去するとのこと。もともと電気がなかったところに、Chairmanが電気を引いてくれることになり、自転車2人乗りでセボ達がやってきて、適当につけて帰ったので、盗電ではとの疑惑が少なからずあったものの、Districtのオフィス内だから一緒になっているのかもとの思いもあったが、この期に及んでとうとう撤去。警告書のようなものを渡されそうになったので、私は関係ないと言い張っていると、District EngineerFestoがやって来て、話し合いを始めたので一任するが、結局電線はそのまま撤去。他の隊員からは賄賂を渡したら、撤去されずに済んだという話を聞いたことがあるが、それもどうなのか。District Engineer曰く、明日からまた電気を再接続するというが、ウガンダの明日というのはいつか分からないので、期待しないでおく。気を取り直して午後は刑務所へ行き、識字教室。今日は囚人達から焼きドゥーマ(とうもろこし)をおやつにもらう。いつも通り授業を行い、家に帰ると、隣の警官のセボが電線どうしたのかと聞かれ、とりあえず蒸しモーゴ(さつまいも)を食べろと言われ、もぐもぐ食べる。結局、その日はどっちみち停電の上、今までも我が家にしか電気が通っておらず、室内灯をつけると虫が寄ってきて大変だったので、室内灯は使用していなかったので、パソコンが使えなくなることを除けば、日常生活では特に問題はない。ランプの灯の下で勉強をしてから、一人外に出て空を見上げると、満天の星空。赴任した頃は電気がない生活なんてどうすればいいのかと思っていたが、今は全く問題ない。むしろ日本では味わえない醍醐味なので、最後に電気なし生活を楽しむのもいいかと思うくらいの余裕すらある。これが2年間の発展途上国生活の重みか。

4月8日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。しかし、昨日からの停電が続いていて、成す術なし。電気があってもなくても、万事この調子だ。Worksのジェネレーターが動いているので、使わせてもらうが、途中でFuelがなくなり、終了。CAOがおしゃべりに来るが、必要以上に触れてくるのが何だか不愉快。その上、お昼ご飯を食べに家に帰ると、隣の警官のセボがオムチュングワ(オレンジ)をあげるというので立ち寄ると、奥さんに取りに行かせている隙に私に触ろうとしてくるので、続けて不愉快になるが、奥さんの目を盗んでというのがちょっと笑える。以前からセクハラ気味なのだが、警官のくせにそんなのでいいのか。今日はセクハラデイだ。恐らく単純に外国人に対する興味からくるものと思われる。しかし、ちゃっかりオレンジをもらい、午後は自転車に乗って識字教室へ。近所のニャボ達が集まって、大量のキャッサバをむいていたので、私も手伝うが、むしろ足を引っ張っているようなので、1本だけむいて止めておく。いつも通り授業をしてから家に帰り、暗くなる前に支度を済ませ、勉強してから早々に就寝。

4月9日

7時起床。朝ご飯を食べて、タウンからマタツに乗って、カンパラへ。ナクマットにあるJavasで10日後に帰国する溶接隊員のひろ君とお昼ご飯。最後の別れをしてから、ガーデンシティで買い物をする。そのまま、フライデーマーケットへ行き、バナナの葉っぱで作られたバオバブの木の置物を購入。その後、歩いて郵便局へ行ってから、事務所へ。雑用を済ませてから、クラフトマーケットで馴染みのニャボ達とおしゃべりしてから、1000 Cupsでお茶をして休憩。夜は北畠専門家のお宅へお邪魔し、階下にあるインド料理Haandiで夜ご飯を食べてから、飼い猫のペプシと遊ぶ。イースターにロンドンで休暇旅行に行かれていたお土産を頂く。ウガンダでは決して感じることのできないアート感を久々に感じた。

4月10日

7時起床。北畠専門家と一緒にCafé Papへ朝ご飯を食べに行く。Chairmanから電話があり、日本語で電気もう大丈夫ねと言われるが、週末かつそんなに早く再接続ができたのが疑問だ。いつも通り期待しないでおく。偶然知り合いの大使館職員の人と会い、一緒にお茶をしてから女性3人でギャラリー、家具屋さん巡りをする。カンパラでも探せば、かろうじてアート感を感じることができる。Bugolobiのカフェでお昼ご飯兼お茶をしながらおしゃべりをしてから、ドミトリーへ送ってもらう。荷物を片付け、キセメンテに買い物に行ってから、Mamba Pointでイタリアンの夜ご飯。都会の週末を過ごす。

4月11日

7時起床。ドミトリーを出てマタツで出発。Pioneer Mallでお茶をしてから、マーケットで来週分の野菜を買い、バスパークへ歩いて行く。エルゴンフライヤーに乗り込み、9時過ぎに出発。途中でゴンジャ(焼きバナナ)を朝ご飯代わりに頬張りながら、任地に帰る。タウンで買い物をしてから家へ。すると、昨日のChairmanからの連絡の通り、電線がつながっている!これはウガンダにおいては驚異的な早さだ。本当に目を疑った。期待していないだけ、喜びも大きい。ウガンダで学んだ喜びの効果的実感方法だ。しかし、今回もメーターはついていない。また違法設置か、Districtの賄賂効果か。停電のため、ちゃんとつながっているのかは確認できず。とりあえず掃除や片づけをする。停電は続き、結局電気なし生活続行。

4月12日

7時起床。朝ご飯を食べて、掃除をしてから、8時半にオフィスへ。政府からPopulation Officerにパソコンが配布され、いつも態度が悪いが、今日は大喜び。大体、今日だって停電だし、Planning Unitには既に職員数以上のパソコン台数があるし、あってもオフィスに来ない、または仕事せずぶらぶらしているだけなのに、何の意味があるのか。ドネーションってこうやって無駄に遣われているんだよなーと実感する。お昼ご飯を食べに家に帰ってから、午後はオフィスで資料作り。夕方電気が復活。我が家にも久し振りに電気が戻って来た。でも、あってもなくてもあまり変わらない気もする。しかし、文化的な生活が戻ってきたのも束の間、ベイジング用のお湯を沸かそうとしたら、火が途中で出なくなっている。ガスがなくなるという、常に恐れていた最悪の事態発生。もうガスボンベは取り換えることが不可能。チャコールかパラフィンストーブに切り替えるしかない。明日のお昼ご飯の支度までに、タウンまで行って見つくろってこなくては。かなりのショック。仕方なく、当初の頃のように冷水を浴びてベイジング終了。お茶も飲めず、しょんぼり。夜は「ブラッドダイヤモンド」のDVDを観る。アフリカの各種利権争いに対し、どうすればいいのかは分からないが、とりあえず今後ダイヤモンドを買う気はなくなった。

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